時代はまさに、ペリー来航から日米通商条約の締結を経て、次第に攘夷思想に傾いていく頃。渋沢も例外なく攘夷思想を持ち、政府への反発心を強めていった。渋沢は23歳の時には外国人居留地を焼き払うことを計画。しかしこの計画は実行されず、紆余曲折を経てその後、なんと渋沢は一橋慶喜に仕えることになる。
「ここが渋沢のおもしろいところで、ただ感情に任せて騒ぎ立てるだけでなく『農民ではダメだ』『武士にならなければ、世の中は変えられない』と冷静かつ的確な思考力を持ち合わせ、必要とあらば、軽々と身分を飛び越えていきます」
今の時代も、渋沢のような大胆なキャリアチェンジが求められる時代だ。刻々と変化していく世の中にあって、「自分はこの仕事しかできない」「自分の立場、身分はこれだ」なんて固執していたら足元をすくわれる。しなやかに自分の立場を変えて生きる方法を渋沢から学ぶべきだろう。
渋沢栄一のサステナブルに生きるための哲学
私たちが参考にすべき大転換期の生き方は、渋沢が残した著書『論語と算盤』の中にもある。
「今、世界はさまざまなところで『利他の大切さ』が盛んに取り沙汰されています。自分のことだけを考え、自分の利益ばかりを追い求めていたら、世界は遠からず行き詰まってしまう。『そんな発想はサステナブルではない』と多くの人が気づき始めているからです」
世界中でSDGs(持続可能な開発目標)が掲げられ、サステナブルを目指す動きが加速する現状を、田口氏はこのように分析する。そして田口氏は、サステナブルな世の中を実現するカギは『論語と算盤』の渋沢の言葉から見つけることができるという。
『論語と算盤』は、渋沢が76歳の時に出版したビジネス書だ。それまで500近くもの企業の設立に関わった渋沢の経営哲学が記されている。タイトルにある論語とは儒教思想の大家、孔子の『論語』のこと。対する算盤はビジネスを指す。渋沢は、『論語』から世の中の道理や道徳を学び、それを生かすことでビジネスがうまくいくと説いているのだ。
利己的な利益だけでないものを目指す現代にうってつけの指南書ではあるが、これだけを聞くと「道徳や道理は大事だ」などという理想論を並べた内容を想像するかもしれない。しかし、それだけでないところに『論語と算盤』の妙はある。
「算盤は論語によってできている。論語はまた算盤によって本当の富が活動されるものである」
ここで渋沢が言っているのは、優れた道理や道徳を理解するだけでは意味がなく、ビジネスによって活かされて初めて本当の価値を生む、ということだ。田口氏はここに渋沢の絶妙なバランス感覚が現れていると話す。
「渋沢の理想主義的なところと、リアリストの側面がありありと感じ取れる気がします。
しかし、これこそが現代の『サステナブルな企業運営』『サステナブルな社会作り』に必要な部分ではないでしょうか」
自分の立ち位置に縛られず大胆なキャリアチェンジをし、ビジネスと道徳の両方を重視した渋沢。私たちと同様に変化の時代に生きた彼から学ぶことは多くある。
(この記事は、田口佳史著『渋沢栄一に学ぶ大転換期の乗り越え方』から編集・引用したものです)