『渋沢栄一に学ぶ大転換期の乗り越え方』(田口佳史著、光文社新書刊)は、彼の残した名著『論語と算盤』と『論語』そのものを題材に、現代の生き方やビジネスのあり方を考える。
私たちは大転換期を生きている
世界は今、転換期にある。近代化の過程で作られた前時代の仕組みは、格差の拡大、物質至上主義、個人化といった現象が象徴するように、限界を迎えている。加えて、2019年末から続く新型コロナウイルスの感染流行は、人々の生活、経済のあり方、働き方を大きく変えた。「ニューノーマル」があらゆる場面で生まれ、前時代からの脱却が推し進められているのが、今の時代だ。
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本書の著者・田口佳史氏はこのような転換期は周期的に訪れるものであり、今がちょうど、30年周期で訪れる経済の転換期と、150年周期で訪れる文明の転換期の両方に当たっていると説明する。
「そもそも、私たちが生きる経済社会は『転換』『成長』『安定』という三つの変化をぐるぐると繰り返しながら動いています。
『文明の転換』とは経済社会のみならず、人々の暮らしや前提となる考え方、価値観、思想など、私たちの生活ベースがガラリと転換することを指します」
150年前、ひとつ前の「文明の転換」があった当時、日本は明治維新の真っただ中。開国によって急激に西洋の思想が流れ込み、経済も政治も、法体系も、人々の暮らし、価値観などあらゆるものが変化した時代だった。その時代を、渋沢栄一は生きていた。1840年に生まれた渋沢は、13歳でペリー来航を、18歳の時には日米通行条約締結、また安政の大獄を目の当たりにしている。20代になると攘夷思想を持って幕府へ反発していた身から幕臣へ転身、パリ万博の視察も経験した。
田口氏は、こうした渋沢の生き方から現代の私たちが学ぶところがあるという。
「激動の時代を駆け抜けた彼の生き方や考え方は、新しい大転換期を生きる私たちにとても大きく、現実的なヒントを与えてくれるのです」
時代に合わせてしなやかに生きた渋沢栄一
渋沢は、農民の家に生まれた。農民と言っても貧しい農家とは違い、当時高級品だった藍染めに使う染料の藍玉を作る豪農。経済的に何不自由ない暮らしをしていた渋沢だが、16歳の時、転機となる出来事が起こる。
ある日、地域の農民たちが代官のもとへと招集された。父の代わりにその集まりに参加した渋沢はそこで、代官が「今度、お姫様の輿入れがあるから」と一方的に農民たちに追加徴税を申し付ける場面を目にするのだ。
「普段からきちんと税を支払っているのに、そんなことでさらに徴税するのはおかしいじゃないか!」と渋沢は腹を立てるものの、士農工商の身分制度がある時代、そんなことを言っては首が飛びかねない。「私は父の代理なので一度持ち帰らせていただきます」と答え帰宅するが、武士にそんな生意気を言う農民に代官は大激怒。徴税に反発する渋沢を父がいさめる形で結局は支払うことになる。
「このできごとは、渋沢の生き方や考え方に少なからぬ影響を及ぼしました。
渋沢にとって士農工商という身分制度こそ憎むべき対象で、幕府政治に対する大きな反発心を抱くようになっていきます」