津久井:とはいえ、エコロジーを扱っているからといって、SFが気候危機に対して警鐘を鳴らすべきだ、とは僕は思わない。小説で人々を啓蒙しようとしても大した影響はないし、そもそも面白くない。もしSFにできることがあるのなら、ボキャブラリーの開発なんだろうと思います。
例えばサイバーパンク作品によって、電脳空間のなかにダイブするイメージが共有されているから、いまSNSが空間としてとらえられている。言葉やイメージがあることで初めて未来について話せるという意味で、言葉の発明はSFの大事な役割だと思います。
前田:自分も直接的な参考にしたくてSFを読むことはしないんです。ただSFに触れることで、結果的に世界をとらえる視点を増やすことができる。SFにはそういう意義がある気がします。
前田瑶介◎WOTA代表取締役CEO。2020年の30 UNDER 30 JAPANの受賞者で、本年のアドバイザーを務める。津久井とは、東京大学工学部建築学科で同級生だった。
津久井:世界のとらえ方を拡張することは、文芸一般の目的といって間違いないと思う。だから僕は「SFが社会やビジネスの役に立つ」と、SFだけを特別なものとして語らなくてもいいと思うんです。そのうえでSFに得意なことがあるとすれば、現実をぶち抜けてやろう、という視点があること。
例えば「月に行っちゃおう」というのは一見すると子どもっぽいのですが、そうした外に向かう力があるから、目の前の現実を見つつも頭のどこかでここではない場所のことを考えられるんです。
アウトサイダーの世代
津久井:僕がやりたいのは、SFのなかに「他者を考える回路」を取り入れること。SFはもともと知性や合理性といった「わかる」ことに重きを置くジャンルですが、世界にはわからない相手もたくさんいる。「わからない」を前提にして、理解の限界を見据えて他者を描けないかと思うんです。
前田:他者といえば、津久井さん自身はどこにいても“他者感”がありますよね。建築学科にいたときも、SF作家のいまも、常にド真ん中にいないという意味でなんとなく他者感がある。それが津久井さんのオリジナリティになっている気がするんです。
津久井:それはあるかもしれない。僕は学校や会社にはあまりなじめなかったタイプですけど、SF作家になってからもいつも境界的なところでばっかり考えている。