同店では、広東省出身の点心師 何偉昌(か・いしょう)さんが腕をふるい、毎日その場でつくる海鮮焼売や蒸し餃子や小籠包、米粉でつくるプルプルした食感の腸粉、焼味(シウメイ)と呼ばれるロースト料理、豚スペアリブの豆豉蒸し、蓮の葉に包んだちまきなどの飲茶料理が楽しめる。
ランチメニューは、各種点心やお粥、大根餅、春巻き、エビ腸粉などの組み合わせから選べ、ウーロン茶、プーアール茶、ジャスミン茶、鉄観音の4種からお茶もチョイスできる。お茶は何度でもお湯を継ぎ足せるので、ついつい長居をしてしまいたくなる。
20数年ぶりの香港飲茶ブーム到来
これまで都内で飲茶といえば、高級中華料理店かホテルのレストランが多かったが、ここ数年、カジュアルな点心の店が増えている。この宝味八萬のような中国人オーナーによる飲茶の店が続々オープンしているのだ。
小田急線代々木八幡駅前の「宝味八萬」のオープン日には行列ができた
これらの店では、点心に加え、お粥やエビワンタン麺、鴨や豚、鶏の焼味、広東風土鍋ご飯の煲仔飯(ボウジャイファン)など、本場の香港ではそれぞれ専門店で出される人気メニューを、まとめて味わうことができる。
新宿の歌舞伎町に7月オープンした「澣花香港飲茶」や早稲田の香港カフェ「廿四味」、神保町の「粤港美食」、神田の「香港飲茶」、そして湯島の「香港傳奇」もそのようなカジュアルな飲茶の店で、さらなる出店の話も聞く。
新宿歌舞伎町の四川火鍋店が始めた港式飲茶の店「澣花香港飲茶」
筆者のみるところ、まだささやかな兆しかもしれないが、20数年ぶりの香港飲茶ブームが到来したのではないかと思えてくるのだ。背景には何があるのだろうか。
20数年前の香港飲茶ブームをよく知る人物がいる。中華食材卸売を行う「中華・高橋」の代表取締役社長、髙橋滉さんだ。彼によれば、1990年代は広東宴会料理の全盛期で、1998年に麻布にオープンした「香港ガーデン」のような大型飲茶店がいくつも生まれ、フカヒレやアワビといった高級中華食材がよく売れたそうだ。
1990年代の日本はすでにバブル崩壊後にあったが、海外旅行者数は増加基調にあり、当時勢いのあった香港映画の人気や1997年の返還に沸いて、1996年には過去最高の238万人の日本人旅行者が香港を訪れた。
彼らのお目当ては、日本人の口にも合う本場の香港グルメだった。音楽評論家の小倉エージさんが夫妻で著した『小倉エージ+理都子の香港的達人』(1991年)という詳細な旅行案内書を読み直すと、当時のブームが思い起こされる。
ところが、2000年代になると急速に香港グルメブームはしぼんでいったと高橋さんは言う。「日本人の味覚の嗜好が四川料理ブームなどの影響で、より刺激を求めるものに変化したことも大きい」と分析する。
当時、日本経済が長期低迷に陥る一方、ミレニアムに入って経済が活況を呈したオーストラリアや北米、イギリスなどに、多くの香港出身のシェフや点心師たちが渡るようになったこととも関係ありそうだ。