そして3つ目は、羊肉の料理を出す海外系のレストランが増えたこと。菊池さんは「特に最近増えているのは、中央アジア系のウズベキスタン料理や新疆ウイグル料理などで、その結果、もともとあったインド・ネパール料理や欧米各国料理のレストランで出す羊肉の料理も注目されるようになった」と分析する。
さらに興味深い指摘もする。
「海外系のエスニックレストランとは少しイメージが違うかもしれないが、実は中国系の人たちが出す料理の中に羊肉の料理が多いことも、消費量の増加に拍車をかけていると考えられる」
筆者が「東京ディープチャイナ」と呼ぶ、中国語圏の人たちが経営する店が2015年頃から都内で著しく増加した影響も大きいと彼は言うのだ。
実際、同会が2015年に監修した書籍「東京ラムストーリー 羊肉LOVERに捧げる 東京&周辺 羊レストランガイド」では、さまざまな羊肉の料理を提供するレストラン63店が紹介されているが、そのうち3分の1は中華料理である。さらにモンゴル料理などを含めるともっと多くなる。
羊スープだしの「烩麺(ホイミエン)」は河南省名物で、都内でも食べられる
「羊肉の料理を出す店を調べていくと、自然に中華料理系が多くなる。なぜかというと、都内には中国東北地方出身者の店が多いからだ」と菊池さんは説明する。
長江以北の中国の人たちにとって羊食は一般的だ。特に中国東北地方は内モンゴル自治区と接していて、羊肉をよく食べ、羊肉の料理の種類も多い。なかでも2000年代に増えた吉林省延辺朝鮮族自治州出身の中国朝鮮族の人たちの店が提供する羊の串焼き(羊肉串)は、日本でも人気メニューとなり、いまでは都内のチャイニーズ中華の多くの店で食べられるようになった。
中国内蒙古自治区に広がる大草原では羊が放牧されている
実をいえば、都内の中国系の中華料理店のオーナーや店で働くスタッフの約7割は東北地方出身者だというのは、日本に住む中国の人たちの間では周知の話である。筆者もそれを強く実感している。
改革開放以降、経済発展が遅れたとされる中国東北地方の人たちは、上海などの沿海地方への出稼ぎ者が多く、飲食業に携わる人たちも多い。
法務省の在留外国人統計でも、2011年まで中国に限り、省別出身地の分類があり、日本に暮らす中国人のうち東北三省(遼寧省、吉林省、黒龍江省)出身者の割合は、当時から半数近くを占める多数派であったことがわかる。
都内に中国東北料理の店が多いのは、こうした理由からである。羊肉ブームのひとつの背景に中国語圏の人たちが経営するチャイニーズ中華の増加があると言えるのはそのためだ。その代表的な店が、以前本コラムでも紹介した神田の人気東北料理店「味坊」といっていい。
東北料理店「味坊」では、宴会料理として羊の丸焼きがある