そして今、中川が力を入れるのが、創業の地・奈良での地域活性。その中でも肝煎りのプロジェクトだった複合商業施設「鹿猿狐(しかさるきつね)ビルヂング」が、2021年4月に形になった。
9月現在、新型コロナウイルスの影響もあり、神戸や大阪・京都など関西圏からの集客が中心ではあるが、テナントも単月で黒字化している。
中川政七商店 奈良本店
約126坪の敷地面積に建てられた3階建ての施設の目玉は、旗艦店となる「中川政七商店 奈良本店」。800を超えるつくり手と生み出す約3000点の商品が並ぶ。また、創業の原点である「麻」のものづくりが体験できる「布蔵」と、同社の歴史をアーカイブ展示する「時蔵」、茶道の新しい楽しみ方・学び方を提案する「茶論」を併設した。
さらに、東京のフレンチレストラン「sio」が手がけるすき焼きレストラン「㐂つね」や、スペシャルティコーヒー専門店「猿田彦珈琲」がテナントとして入った。㐂つねは新業態、猿田彦珈琲は奈良初出店で、話題を呼んでいる。ちなみに、施設名の“鹿猿狐”はこれらのテナント名から取ったのだという。
なぜ工芸を守るために「まちづくり」なのか
奈良の街並みに合わせた瓦屋根の建物。現代技術を駆使した繊細な鉄骨造だ
この施設が生まれた背景のひとつには、工芸の産地をとりまく厳しい現状がある。
「私は社長就任以降、『日本の工芸を元気にする!』というビジョンを掲げて、“産地の一番星”をつくるべく、各地で経営再生のコンサルティングを手がけてきました。これによって、一定の成果を挙げてはきたのですが、それだけでは“工芸”の衰退を止められないという現実も目の当たりにしてきました」と中川。
工芸は分業制で成り立っているため、後継者不足などによって1社が衰退した場合、その先にはサプライチェーン全体の崩壊が待っている。
例えば、中川政七商店がサポートした波佐見焼のメーカー「マルヒロ」(長崎県)の場合、同社の売上が好調だとしても、その前工程を担う型屋や窯元に後継者がいなければ、商品の製造ができなくなる。こうした事態を防ぐには、一連の工程を自社で行うための「垂直統合」が有効だ。しかし、垂直統合には莫大な投資が必要となるため、二の足を踏む企業も少なくない。
「そこで僕は、投資をするための動機となる付加価値を考えました。その中で浮かんだのが"産業観光"というキーワードでした」と中川は言う。
ここで言う“産業観光”とは、その地域特有の産業にかかわるもの(工場、職人、製品など)を観光資源とする旅行のこと。
「例えば、工場を味気ない鉄筋コンクリートのビルにするのではなく、佇まいの美しい木造平屋の工房にして、いつでも見学ができる体制をつくります。そして、その周辺に地元の野菜を使ったレストランや魅力的な宿などを整え、訪れる人が楽しめる場をつくるんです。そうしたら、企業の投資は垂直統合以上の意味を持つものになりますよね」
このアイデアが、今回の奈良でのまちづくりにつながる。「言い出したからには、自分の地元である奈良でやらなきゃな」と動き出した。