歴史のあるまち「奈良」特有の事情も
中川が"産業観光"を推進しようと考えた背景には、奈良特有の事情もあった。
Getty Images
「工芸の多くは、『有田焼』(佐賀県有田町)『輪島塗』(石川県輪島市)に代表されるように、“いち産地いち産品”となっています。ただ、寺社仏閣が多い奈良や京都には多様な町場の工芸が存在しているのです」
そこで、その特性を生かして多様な工芸が点在する「奈良」という街の力を高める方向にシフトしたのだ。
「まちづくりと聞くと、工芸と関係ないことに力を入れているように思われるかもしれませんが、『日本の工芸を元気にする!』という我々のビジョンに沿った取り組みです」
“大仏さん”に頼っていた奈良観光を変える
具体的に動き出したのは、中川政七商店が創業300周年を迎えた2016年のこと。中川はこの年に「中川政七」を襲名し、100年後の“工芸大国日本”の計を誓った。そして、対外的にも “垂直統合”と“産業観光”の重要性を積極的に発信。その動きを推進するために、2017年には“日本工芸産地協会”という団体を立ち上げた。
そして2021年には奈良の産業観光の拠点となる「鹿猿狐ビルヂング」を開業。産業観光の観点から「その地域にしかない魅力的な店舗やコミュニティを作る」という考えをベースに構想を練った。
現状、同社が開発を予定しているのは、同施設周辺の6ブロック程度。「県全体に分散するよりも、一定のエリアに10店舗ほど固まって開業したほうが、街の雰囲気が変わります。そのような象徴的な場があれば奈良を訪れる目的やきっかけにもなりますよね」
「鹿猿狐ビルヂング」は奈良観光の潤滑剤になるか
実は奈良県、純粋に“観光”という軸で見た場合にも課題がある。例えば、海外から同県を訪れる観光客数(訪日外国人)は全国5位(2019年、観光庁調べ)と多い。その一方で、それらの観光客1人あたりの消費金額は一時全国最下位まで落ち、その後も全国平均以下となっている。関西の主要都市からのアクセスが良いため、宿泊者数が少なく“日帰り観光”が多い街になってしまっているのだ。
「奈良には“大仏商売”という言葉があります。大仏さん(東大寺盧舎那仏像)がいるから努力せんでも食っていける、という甘い考えです。その言葉通りにあぐらをかいてきた結果ですね……」