「王守義十三香(ワンショウイーシーサンシァン)というエキゾチックなミックススパイスがあります。これは中国のイスラム教徒が使う調味料で、八角や山椒、ウイキョウ、シナモン、黒コショウ、生姜、陳皮、クミン、クローブ、甘草、山奈(バンウコン)、荳蔲(ナツメグ)、高良ハジカミ(山椒の一種)という、その名の通り13種の薬膳スパイスが入っています。
これは中国食材店でしか手に入らない調味料なのですが、私は『魔法の粉』と呼んでいます。どんな料理でも、ちょい足しでぐっと本格的な中華料理の味になるからです」
コロナ禍によるステイホームで、自宅で海外の本格料理を手づくりして楽しむ人が増えていると聞く。YouTubeでも、それらの手づくりレシピを紹介する動画をよく見かけるようになった。海外に行けずとも、ネット通販で世界各地の珍しい食材や調味料が簡単に手に入る時代になったことも影響しているかもしれない。
松田さんが言うには、中華食材店がさらに面白いのは、そこで「中国の生の生活文化に触れるチャンスがあるから」だそうだ。
「小さな個人の店だと、時間帯によっては日本語があまり通じない店員さんがいることもあります。棚に置いてある商品も中国語ばかりで何を売っているのかわからないと感じたりして、ひとりで行くのは勇気がいるかもしれません。でも、慣れると、商品の内容もだんだんわかってきて楽しくなります」
松田さんがよく利用するという都内の中華食材店
以前、本コラムで池袋の中華フードコート「友誼食府」を紹介したが、松田さんは、店に併設された食材店「友誼商店」もたまに利用するという。
「私の場合、生徒と一緒に店に行って、『これは何?』『どうやって使うの?』と尋ねるところから、中華食材店通いが始まりました。最初からちょっとした冒険気分でしたが、いまでも行くとワクワクします」
日本の客の取り込みも順調
実際の友誼商店の利用者はどのような人たちなのだろうか。同店の関係者に聞くと、必ずしも中国系の人たちだけでなく、ベトナムやタイ、シンガポールなどの東南アジア出身の人たちも多いという。
都内における中華食材店の歴史は1990年代初頭にさかのぼる。実を言えば友誼商店は、当時は別のオーナーによる経営で、「知音」という店だった。創業は1991年で、オーナーは北京出身の人物だった。
中華食材店の都内の分布はチャイニーズ中華の出店地域とほぼ重なっている
「知音」グループはその後、都内各地に店舗を増やしたが、同じ頃に創業した上海系のオーナーによる「陽光城」という食材店も現われた。チャイニーズ中華の店が各地に生まれていくのとほぼ連動していたといっていい。
これらの食材店はただ物販をするだけでなく、ビジネス広告や求人案内などを収益とする中国語新聞を発行したり、格安チケットを売る旅行会社を設立したりと多角化を進めた。日本に住む中国人向けのあらゆるニーズに応えることで事業を拡大していったのだ。