足で稼ぐ大学教員が読む経済

シンボルである回転式の大型LEDディスプレイ

東京・日本橋兜町。周りを川に囲まれ、「シマ」と呼ばれていたこの街は、明治初期から証券街として発展を遂げた。きっかけになったのは、1878(明治11)年の東京株式取引所の設立。現在の東京証券取引所の前身である。立ち上げにはテレビの大河ドラマの主人公として取り上げられるなど最近話題の「日本資本主義の父」、渋沢栄一が尽力した。

それから140年あまり。新たなランドマークともいうべきオフィスビルが24日に開業した。平和不動産が手掛ける日本橋兜町・茅場町地区の再開発プロジェクトの一環として建設が進められてきたもの。同社は東京・大阪・名古屋の各証券取引所の建物を保有し、「取引所の大家さん」として知られる存在だ。

ビルは地下2階、地上15階建てで約84メートルの高さ。地下部分は東京メトロの東西線・茅場町駅と2022年12月に直結の予定だ。さまざまな広さの会議室だけでなく500名以上収容可能なホールなども備え、機関投資家、アナリストらを対象にした上場企業の決算説明会や株主総会などでの利用を見込む。

施設のシンボルに位置づけられるのが、吹き抜けの1階ロビーの天井から吊り下げられた回転式の大型LEDディスプレイだ。幅6メートル、高さ5.5メートル、奥行き3メートルの大きさで、ビルに面した通りを行き交う人たちの目を引きそうだ。ディスプレイはリアルタイムの株価情報などを映し出す。値上がりしている銘柄は赤色、値下がり銘柄は青色で表示される。

ビルの名称は「KABUTO ONE(カブトワン)」。そこには「これまでも、これからも日本経済の起点であり続ける、との思いが託されている」(平和不動産の土本清幸社長)。

null
平和不動産の土本清幸社長(写真中央)

「誤発注」はなぜ起きる?


24日に開催された大型ディスプレイの点灯式に、兜町を隅々まで知り尽くす人物の姿があった。テレビやインターネット経由で株式などの金融情報を発信するストックボイス副社長の岩本秀雄氏である。同氏は1975年に証券専門紙の記者としてキャリアをスタートさせた。それ以降、半世紀近くにわたり、この街の栄枯盛衰を見守り続ける。

同氏は今回の再開発プロジェクトについて、「“取引所の大家さん”ならではの腕のみせどころ」と話す。街が変貌を遂げる一方で、長きにわたって育まれてきた大切な価値観を守るという課題に直面しているからだ。

文=松崎泰弘

東京証券取引所日本取引所グループ
この著者の記事一覧へ

PICK UP

あなたにおすすめ