本書の主役は、オムロンをつくり上げた経営者、立石一真です。戦争や家族に起きた不幸、倒産など、いくつもの危機を乗り越えて世界に先駆けた製品を世に送り出し続けた彼の原動力は、「お客様の期待に応えたい」「社会をよくしたい」という熱意と執念でした。本書は、彼の生き方を知り、ひとりでも多くのベンチャースピリッツをもつ経営者が現れることを願った一代記です。
この本を読んだころ、私は、ふたつの壁に突き当たっていました。
ひとつは、業績です。立ち上げた会社が4年目に上場し、順風満帆だと思われたその翌年、世界はリーマン・ブラザーズ倒産に端を発した金融危機で、大混乱となりました。当社も例外ではなく、主軸だったリーガルテックを活用した、企業の米国での訴訟を支援する事業は、企業活動が停止したことでその数が減少し、事業計画は未達。投資家との約束を果たせず、経営者としての責任を強く感じていました。
もうひとつは、迷いです。会社が大きくなっていく過程で、社員に、私の考えがうまく伝わっていないことを何度か感じていました。例えば、私は常々、「お客様からの要望は、断るべきではない」と考えていましたが、あるとき、社員は「要望に応えられなかった場合、お客様に迷惑をかけてしまうから」という理由で、お断りしたのです。それは正直な思いからであり、気持ちは痛いほどわかります。
しかし、目の前にあるチャンスを諦めていては、社員にも会社にも成長はありません。迷っていたのは、その自分の気持ちを社員に押し付けていいのかということと、迷っている自分に対してのもどかしさでした。
それらを一瞬で打ち消してくれたのが、本書でした。立石氏は、決して「できません」と言わず、お客様の要望に応え続けてきました。その結果、カラーテレビや液晶、太陽電池から電子ヒーターまで、幅広い製品が誕生し、厳しい時代があったものの、オムロンは世界で活躍する一大企業グループへと成長しました。
お客様の要望は、時に難しく感じられることもありますが、その答えは必ず我々の技術の先にあり、実現できないものはないのです。だからこそ、その期待に全力で応えるべきなのだと、私は、立石一真という経営者に強く背中を押されたような気がしました。
いまでも、ビジネスは試行錯誤です。自信をなくすこともありますが、本書は、いま自分がやっていることが正しいのか、正しくないのかを再確認し、熱意と執念を思い出させてくれる師のような存在です。皆さんもぜひ、自分の背中を押してくれる一冊を探してみてください。
もりもと・まさひろ◎1966年、大阪府生まれ。防衛大学校卒。海上自衛隊、半導体製造装置メーカーへの勤務を経て、2003年に、UBIC(現・FRONTEO)を設立。多分野でAIソリューション事業を展開する。07年に東証マザーズ上場。13年に米NASDAQ上場、20年2月に上場廃止。