またインドと中国の間でせめぎあっているブータンやネパール、バングラデシュのような国は、両国からワクチンを受け入れることでバランスが取れます。
一方、アフリカでは感染者や死者数の増加が目立っておらず、ワクチンへの切望感が低いです。新型コロナウイルス以外にも貧困や飢餓など苦しい状況があります。中国はケニアなどアフリカでも35カ国にワクチンの提供を初めていますが、国全体の感染を止める目的ではなく、エリートや権力者向けに提供しているという現状があります。
「一帯一路」を提唱する習近平国家主席。中国のワクチン外交も、その戦略に重ね合わせて見ることができる(Getty Images)
日本のワクチン戦略 産業界の大問題
──対して、日本では2月から5月までに医療従事者向けにワクチン接種を進め、高齢者は4月12日から6月末までに、夏以降に16歳以上の人たちに向けて接種のスケジュールが組まれています。他国に比べてスピード感が遅く、戦略の欠如も指摘されていますがどうでしょうか。
まず日本におけるワクチンの重要性や見方について、欧米諸国とは異なることを念頭に置いた方が良いと思います。欧米のようにワクチンのみがパンデミックの出口だという位置付けではなく、ノンファーマシューティカル(薬剤に頼らない)で社会的な対策が有用であるということです。ワクチンは最終的には必要だが、緊急事態宣言やソーシャルディスタンスで感染拡大を防ぐこともでき、戦略への考え方が分かれるところです。
河野太郎ワクチン接種担当大臣。新型コロナウイルスワクチン接種の体制整備が進められるが、日本の製薬産業界の構造的な問題も根深い(Getty Images)
ただ、そうした考え方とは別に、ワクチンを巡って日本では産業界の問題があります。少子高齢化社会において、もともと予防のワクチンよりも治療薬のニーズが高く、国内の製薬会社も治療薬の開発に集中しています。また、国内最大手の武田薬品は2020年の世界売上高ランキングではトップ10にランクインしていますが、研究開発費では世界トップに比べて1桁違い、人材育成にかけられる予算も大きくはありません。
塩野義製薬や第一三共などが国産コロナワクチンの開発を進めていますが、まだ自前のワクチンがないためワクチン外交を展開することができません。各国と競争するなら、厚労省の保護主義的な政策を転換し、製薬会社のあり方から変えなくてはいけません。ワクチン開発は、これまで人材育成や投資もしてこなかった分野です。
一方、ワクチン開発に多額投資しても、世界各国で大量に開発が進み、ジェネリック薬品が開発されるようになれば薄利多売な商売になります。すると、がんやHIV、糖尿病や高血圧などの治療薬に特化して開発する方がメリットがあるという見方もできます。そういった日本国内の市場がそこそこ大きいので、産業界がガラパゴス化しやすく、自国のワクチンを開発して世界的に加熱する争いに飛び込みづらい構造的な問題があります。
安全保障上は非常時にワクチンやマスクを生産する能力を準備する必要はありますが、生産コストが高い日本でそうした産業をどう支えるか。一筋縄にはいきません。
(後編では、ワクチンナショナリズムと日本のワクチン調達に求められる視点についてお伝えする)
鈴木一人◎東京大学公共政策大学院教授。1970年生まれ。2000年英国サセックス大学院博士課程修了。筑波大学助教授、北海道大学公共政策大学院教授を経て、2020年より現職。2013年12月から2015年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして勤務。著書に『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)などがある。