日本国内でのワクチン開発も始まっているものの、現状では海外メーカーのワクチンを6月末までに1億回分以上を確保するとしており、海外に比べて接種のスピードも遅い。日本のワクチン戦略の欠如について懸念する声も挙がっているが、世界共通の課題であるコロナ危機に立ち向かうため、どのような視点が必要だろうか。
国際安全保障に詳しい東京大学公共政策大学院の鈴木一人教授に聞いた。前後編に分けてお伝えしたい。
ワクチン開発が進む、インドの特殊な事情
──中国の「ワクチン外交」を見据えて、日米豪印の「Quad」はインド製ワクチンの増産支援をし、途上国への供給を進めることを決めました。各国にどんな思惑があると考えられますか。
インドはワクチンの生産能力が高く、ジェネリック薬品がメジャーな産業で世界の6割のシェアを占めています。国内で天然痘やポリオの問題が長く続いたこともあり、ワクチン研究の水準が高いです。ただ、インド国内ではもともと治験に参加する人が少なく、ワクチンを忌避する人も多いという問題を抱えており、輸出に向いているという背景があります。
また、増産支援のほか、途上国でワクチン輸送に必要なコールドチェーン(低温度輸送)の構築にも寄与します。途上国では交通のインフラが整っておらず、国内全体にワクチンを行き渡らせることもできていないという特殊な状況があります。
Quad首脳のオンライン会談に参加する菅義偉首相ら(Getty Images)
一方アメリカでも、ファイザーやモデルナなどによるワクチンの国内生産が進んでいますが、5月末までは国内向けのワクチン確保を進めており、積極的には輸出していません。よって、インドの高い生産能力と輸出の余力があるのは大きなメリットです。インドとしては、中国が近隣のネパールやブータン、バングラデシュなどにワクチンを無償配布して影響力を強めようとしているため、それに対抗しようとしています。
また日本を含む東アジア諸国では、アメリカやヨーロッパほどワクチンへの熱望感があるわけではなく、ソーシャルディスタンスやマスクの着用など社会的な措置の効果が信頼されています。ワクチンはそういった社会的な措置の延長上にあるという認識があります。
日本のワクチン政策というのは、コロナ以前は基本的に途上国支援という位置付けで展開されてきたことから、今回のインドワクチン支援も悪くない話で、思惑が一致したと考えられます。