アマゾンの仕事で知り合った女性から、家を持たずに暮らす人たちのメンターとも言うべき人物が主催する集会が、アリゾナであると聞く。アメリカ西部の荒野を車で南下していくファーン。集会に参加すると、同じように車上で生活する人たちに会い、さまざまな身の上話に耳を傾ける。
さらにファーンは仕事を求めて、今度は車で北上し、中西部のサウスダコタへと向かう。途中、川で泳ぎ、大地で眠る彼女の姿は、美しい自然の中に身を置きながら、ハウスレスの生活を楽しんでいるかのようにも映る。
(c)2021 20th Century Studios. All rights reserved.
サウスダコタのキャンプ場で仕事を得たファーンは、アリゾナの集会で顔見知りになったデイブ(デヴィッド・ストラザーン)と再会する。どうやらファーンに好意を抱いていると思われるデイブから、自分と一緒にドーナツショップで働かないかと誘われるのだが……。
実名で登場するノマドの人たち
「ノマドランド」で驚くのは、劇中で主人公と交流を深める「ハウスレス」の人たちが、前述のデイブを除けば、ほとんど実在の「ノマド」の人たちだということだ。しかも本人役で作品のなかに登場している。
主人公であるファーン役のフランシス・マクドーマンドは、役を演じるなかで、半年近くノマドの人たちのなかに混じりながら生活をして、労働も経験したという。彼女としては、まさに全身全霊を投入して演じていると言ってもいい。それというのも、この作品のそもそもの始まりが、彼女にあったからだ。
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映画「ノマドランド」は、2017年に女性ジャーナリストのジェシカ・ブルーダーが発表した「ノマド:漂流する高齢労働者たち」を原作にしている。
このノンフィクションは、2000年代末から2010年代初めにかけて起きた世界的景気後退により、季節労働者として旅をしながら暮らすようになった人たちの実像を描いている。この著作に感銘を受けたマクドーマンドが、出版直後に映画化権を獲得、彼女としては、自分の全存在を賭しても実現したかった作品なのだ。
「スリー・ビルボード」(マーティン・マクドナー監督、2017年)で2度目のアカデミー賞主演女優賞に輝いたマクドーマンドが、映画化のために監督として白羽の矢を立てたのが、新進気鋭の女性監督、クロエ・ジャオだった。
ジャオ監督の「ザ・ライダー」(2017年)をトロント映画祭で観た彼女は、作品に感銘を受け、彼女のドキュメンタリー的手法に注目すると、即座に「ノマドランド」の監督を依頼する。
クロエ・ジャオ監督は、1982年、中国・北京の生まれ。その後、イギリスで育ち、アメリカへと移住。ニューヨーク大学で映画制作を学び、長編2作目にあたる「ザ・ライダー」がカンヌ国際映画祭でプレミア上映される。ロデオで致命的な怪我を負ったカウボーイを描いたこの作品でも、ジャオ監督はロケ地に住む人間を俳優として起用している。