事前に遠足のコースを歩いたことで、大夢は「あ、ここ知ってる」と思えて、少しは落ち着いた行動がとれるようになったと思います。>(本書より)
「ビリが前提」な運動会の予行演習
さらに欠かすことができなかったのが、運動会の予行演習だった。
「大夢にとっては初対面の、大勢の父兄が応援に来ますよね。初めて、しかもたくさんの人の歓声……、もう、落ち着きをなくしたあの子が、明後日の方向に走り出す姿が容易に想像つきますから」
菊地さんはこう言って、当時を笑顔で振り返る。著書ではこう綴っている。
<そこで私は、前日に大夢と2人で学校のグラウンドに行きました。
「あんた、明日の50メートル走のときは、まずここに立って、先生の『よーい、ドン!』で、あそこまで走るの、わかった?」>(本書より)
大夢くん、記憶力は抜群に良かったという。だから、小学校1年、2年、3年と、運動会の予行演習&本番を体験したことで、少しずつ運動会というイベントにも慣れて、予行演習をしなくても、本番に臨めるようになったという。
<「あ、これは去年もやったやつだ」と覚えていてくれたんだと思います。
小学校高学年になって、予行練習なしで無事に徒競走に参加できるようになった大夢を「よし、1つ成長した、えらい!」と、そんなふうに応援したものです。
よその親御さんたちは「一等賞目指して、がんばれ!」って、声援を送っていましたけど。うちでは前の晩に「明日の徒競走、ビリになれるかな?」って。
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もちろん、結果は本当に毎回、最下位でしたけど。私たち母子は、ほかの皆とはまったく違う競技に臨んでいた、そんな気がしています。>(本書より)
こうして大夢くんは、母親である菊地さんの助けを借りながら、多難な小学校時代を無事に乗り切ったのだ。
(この記事は、菊地ユキ著『発達障害で生まれてくれてありがとう』から編集・引用したものです)
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