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母・菊地ユキさん(左)と発達障害の診断を受けた息子・大夢くん(右)(本がすき。より)。

「この先、あの子をどう育てていけばいいのかと思い悩んでいたころ、主治医の先生にかけられた一言に、私は目から鱗が落ちる思いでした」

こう話すのは秋田県潟上市で美容室を営む菊地ユキさん(51)。

シングルマザーの菊地さんは、地域で初めて発達障害の診断を受けた長男・大夢くんを育て上げ、経済的にも時間的にもまったく余裕のない暮らしのなか、苦労の末に東大の大学院に入れたのだ。

8月19日には、これまでの子育ての苦労と喜びを綴った『発達障害で生まれてくれてありがとう〜シングルマザーがわが子を東大に入れるまで』(光文社)を上梓した。

今回はそのなかから、苦悩していた時期に言われ、その後も幾度となく救われた「主治医の一言」について紹介。


小学校1年生で「ADHDの疑いあり」という診断を受けた大夢くん。2年生のときには、県立の療育センターを受診し、脳波測定などを経て診断が確定した。このとき、大夢くんを担当したのが、その後、十数年にわたって親子が世話になるH医師だった。

診断が確定しても、大夢くんの状況が突如好転することなどあるはずもなかった。

当時の彼は、忘れ物が異常に多く、感情表現が上手にできず、些細なことで友だちに暴力を振るってしまっていた。学校では授業中、突然立ち上がり授業と関係ないことを話し出しては先生や級友を困惑させてばかりいた。また、親子での外出時も、学校の教室でも、地面や床にゴロゴロと寝転がって、菊地さんや先生がいくら注意しても起き上がろうとしないことも、たびたびだった。

思わず放った「生きていく価値もない」という言葉


定期的に通う療育センターで、菊地さんは主治医に、大夢くんの困りごとについて、その都度、相談してきた。著書のなかでも、次のように振り返っている。

<あるとき、私はH先生に「大夢は友だちができないんです」と、相談したことがありました。

「よその子どもと遊んでいても、この子はちょっとしたことですぐ殴ったり蹴ったりしてしまって。だから、大夢には本当の意味の友だちがいないんです」

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Getty Images

するとH先生は真顔でこういうのです。

「それは素晴らしいことです」

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