昔懐かしいスポ根ドラマでは、鬼監督に見出された才能ある新人が厳しい訓練に耐えて力をつけ頂点に立つが、それをタイピング競争に置き換えて語っている点が面白い。
しかも「選手」は全員女性。タイピストは、男性ばかりの当時の職場で、女性が熟練技能者として誇りを持てる数少ない仕事の1つだった。
事務用品としてのタイプライターは既に過去の遺物だが、タイピングという基本動作は私たちにも馴染み深い。この映画の見所の1つは、タイピングが早さと正確さを競う競技となることで、スポーツのような躍動感を見せているところだ。
広い会場に整然と並べられたそれぞれのタイプライターに両手を構えたタイピストたちが、笛の音と共に一斉にタイピングを開始する大会の場面が、何度も登場する。
彼女たちの色とりどりのファッション、全員が高速でボタンキーを打ち続ける音、素早く動かされるキャリッジリターンレバー、ヒラリと紙を挟む鮮やかな腕の動きなど、スリルと緊張感に満ちて、まさにスポーツさながら。
大会に勝ち抜いていく俊速タイピストに皆が注目し、優勝者がスターのように雑誌の表紙を飾るのも、オフィスで最新機器を操るその姿が多くの女性の憧れであったからだろう。
ルイとローズの間柄には上司と部下、コーチと選手という上下関係がありながらも、男女としては対等に描かれている。
「男と女は別の生き物だ」と言い切ったルイが、次のシーンではタイピングの練習に励むローズのために、エプロンをして料理に勤しむ。またルイがコーチとして強張ったローズの掌を揉み解すシーンは、ローズが怪我をしたルイの手に包帯を巻くシーンと対応している。
(c)2012 – copyright : Les Productions du Trésor – France 3 Cinéma – France 2 Cinéma – Mars Films - Wild Bunch - Panache Productions – La Cie Cinématographique – RTBF(Télévision belge)(c)Photos - Jaïr Sfez.
ロマンチック・コメディは、互いに好意を抱く男女が滑稽なすれ違いや意地の張り合いを繰り返した末にやっと結ばれるのが定番だが、この2人においても、上に立つ男性が一方的に若い女性を「作り上げていく」のではなく、反発したり歩み寄ったりしながら知らず知らず関係性を深めていく。
もっと早く、もっと新しい物を
ドラマのもう1つの見所は、華やかな50年代ファッション。オードリー・ヘップバーンのスタイルをモデルにしたと言われるローズの衣装は、ことごとくキュートだ。
特に、一本指から普通のタイピングに矯正するため、色を塗り分けたボタンキーに対応するカラフルなマニキュアをつけ、鮮やかなグリーンのツーピースを着ている姿が印象に残る。
フランス代表を選ぶパリ大会の場面は、地方選を勝ち抜き、それぞれオシャレをきめて集まったタイピストたちを眺めるだけでも楽しい。
タイプライターのジャピー社の広告塔となっている圧倒的な強者アニーにローズは勝利し、数々の広告にひっぱりだこの有名人となるが、その中で「早いことは進歩の証です」という象徴的なセリフがある。まさに現代社会の価値観はこの時代に作られたのだ。
もっと早く。そのためにはもっと新しい物を。新しい物を持たねば勝者にはなれない。これは新製品が続々と発売されるようになった戦後以降、広く大衆に根付いた感覚だろう。
このドラマはそれを原動力としてヒロインを生き生きと行動させつつ、しかし最終的には彼女に「新しい品を買い古い物を捨てろ」という資本主義の価値観とはずれる振る舞いをさせている。
「アメリカ人はビジネスを、フランス人は恋を!」というストレートすぎる言葉を受け止めたローズの笑顔は、輝く未来そのものだ。
連載:シネマの女は最後に微笑む
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