電子国家であるエストニアの行政改革を真近で見てきた日下からみて、「デジタル後進国」とも揶揄される日本の実態はどのように映るのだろうか。
課題の多い日本の行政改革だが、意外にも順調に進んでいる部分もあるという。例えば、マイナンバーカードの国民への普及率が低いとされているが、実は、日下は必ずしも否定的な数字ではないというのだ。
「4カ月前だとマイナンバーカードの1日平均の交付枚数は2万枚以下でしたが、すでに現時点で7万枚まで増加しています。そうすると、月間平均で約210万枚が交付されていることになりますが、このままのペースだと、来年の3月末には30%は超えるペースです。すでにパスポートの普及率を超えています。ファクトベースで考えていけば、実は『22年度末には全住民に』という政府目標も、非現実的な数字ではありません」
エストニアの人口約132万人に対してデジタルIDの普及率は99%であるのに対して、日本の人口は1億2600万人弱に上る。
「民主主義国家で、マイナンバーカードの交付が始まってわずか4年でここまでの普及率になったのは、他国のID制度に比べてかなり高いとも言えます」
組織内の「前例主義」をやめる
とはいえ、課題が山積なのも間違いない。行政のデジタル化を進めるにあたって、今すぐ「やめる」べきことはあるだろうか。
日下はまず「ベンダー主導の改革からの脱却」を挙げた。
「今までは多くの自治体でITシステムの導入自体が目的になってしまうことが多かったんです。場合によっては、ベンダーに営業されたシステムを言われるがままに導入してしまうこともある。しかし、これからはベンダー任せをやめて、自治体主導で改革する必要があります。そのためには、行政のためにSaaSをどのように使うのが最適なのかを判断できる人材を、自治体が積極的に登用していく必要があります」
最近では、自治体でもCDO(最高デジタル責任者)を担う人材を活用する事例が出てきているが、日下はそのような動きが日本の行政改革にとって重要だという。自治体のデジタル改革全体を俯瞰できるような知識と能力をもつ人物が、権限をもって意思決定していくことが、住民に本当に必要とされる改革のためには必要だ。
さらに、日下は、行政や組織の「前例主義をやめる」ことを提案した。前例がないと、なかなか改革を進められない日本の組織風土も、行政のデジタル化がうまく進んでいかない原因の一つであるという。
「前例主義撤廃」を掲げて、先駆的な行政DXに乗り出した加賀市。日下は「未曾有の時代に、前例があるわけがありません。行政のデジタル化のファーストペンギンになるという加賀市の覚悟とも言えます。消滅可能性都市の生き残りのロールモデルとして、全国の自治体にこの価値観が広がっていけば、変革が起きると思います」と語る。
コロナ禍で、これまでの慣例やルールを「やめる」波が押し寄せてきた2020年。日下は、現在は「Wスタンダードがある過渡期」にあるという。例えば、ペーパーレスやオンライン申請といいながら、紙とオンラインが併用されれば、現場には二重で負担がかかる。前例にとらわれず、現場主導で負担を減らすためのアイデアを考えて実行することこそ、いまの時代に求められているようだ。