日下はこう種明かしをする。
「加賀市ではマイナンバーカードをこれから申請する人に、市内の小売店、飲食店、旅館などで利用できる商品券5000円分を配布するという施策を行なっています。申請場所はショッピングモールなどに設置して、その場で商品券を使えるような仕組みを作りました。さらに、本人確認も終えることで、自宅にカードを郵送することを可能にしました」
加賀市で地域商品券を配り始めたのは6月のことだが、その後、普及率はすぐに30%にまで上がったという。一般的に、マイナンバーカードはオンラインで申請ができても、交付時には本人確認のため役所に行かなければならない市区町村も多い。それを逆手にとって、買い物がてら申請さえしたら、役所に行かなくてもあとはカードが郵送で交付される仕組みだ。マイナンバーカード取得に対する市民のモチベーションを上げる地道な戦略が功を奏している。
「脱ハンコ」よりも「活ハンコ」
行政のデジタル化を進めていく上では、「脱ハンコ」も欠かせない論点だ。河野太郎行政・規制改革担当相は11月13日の会見で、民間からの行政手続き約1万5000種類のうち、99%以上の手続きで押印を廃止すると明らかにしているが、自民党の議員連盟からは反発も出ている。
行政のデジタル化が進むなかで、日本人が上手にハンコ文化をやめるためには、どのような考え方が求められるのか。日下に問いを投げかけてみると、世界的にも行政のデジタル化が進んでいるエストニアでのある事例を挙げた。
「海外を見てみると、技術的にはデジタル化できても、文化や倫理に関わる分野は、あえてデジタル化をしない場合があります。例えば、エストニアでは結婚・離婚などはデジタル化を進めていません。教会ではなく役所で簡略的に婚姻を取り交わしたりする人もおり、便利であっても、クリックひとつで結婚や離婚を決定できるような仕組みはどうなのかという議論があるからです」
日下によれば、現代は単に利便性を高める道具としてのデジタル技術を超えて、文化とデジタル技術のあるべき関係を見つめ直す時代に入ってきているという。エストニアでの「結婚・離婚」をあえてデジタル化しないという選択もその一つだ。
日本での「脱ハンコ」の議論も、十把一絡げにアナログのすべてを否定するのではなく、文化の中でハンコを活かせる場所はどこなのか、「活ハンコ」の視点も必要だと、日下は指摘する。
これまでの慣習をやめるには「脱○○」と掲げるよりも、「あるべき論から始めて、本当に必要なことだけを残すことを考えること」がポイントだという。
「コロナ禍において、デジタル化は利便性を高めるためだけでなく、『生命を守る手段』として捉えなおされています。例えば、感染のリスクをおかしてまで、会社にハンコを取りに行く必要があるのか。これまでは企業ごとにデジタル化の目的が異なりましたが、今は共通のアジェンダとなったことで、単なる利便性を超えて、文化や倫理観をふまえたポジティブなアプローチができるはずです」