「本物」を求める時代が来た
「自分たちでセットや照明をすべて準備し、自分たちの力だけでプロデュースした作品を生み出すグループも出てきている」と由水さんは言う。
仕事を失った舞台監督が、オンラインで開催されるイベントのコーディネート役を引き受けたり、オンラインで有料放映されるパフォーマンスの舞台監督をするなど、これまでとは全く異なる仕事にチャレンジしている姿もよく見かける。
「これまで担ってきた役割にこだわらないこと、そして業界単位や組織単位ではなく、個人で新たな挑戦をしていくことで、全く新しい仕事を生み出す人が増えていると感じます」
ニューヨークフィルハーモニーのメンバーによるサプライズ演奏(Noam Galai / 寄稿者 / Getty Images)
舞台だけでなく、メトロポリタンオペラも来年9月までの休演が決定している。これをきっかけにして、一流アーティストたちが自宅でオンラインレッスンを始めた例もあるそうだ。
「ブロードウェイだけでなく、あらゆるエンターテインメントの世界のアーティストたちが、『素の自分』をどんどん表に出し始めてきています。多面的な自分をさらけ出し、周りの人々と深い部分で繋がることができる人こそが、今後は生き延びていけるのではないでしょうか」
これまでは舞台の上でしか見ることができなかった俳優たちの自宅での姿などを見られる機会も増えてきている。
今までよりも身近になった俳優。リアルな世界でもファンと繋がるようになったことで結ばれた絆は、公演再開の時には、きっと目に見える形となって返ってくるだろう。
「コロナが世界中で蔓延し始めてから、人々の見方や見せ方に本質的な変化が見られたと私は思っているんです。以前は、多くの人が、加工されたインスタグラム上のきらびやかなイメージに憧れや幻想を抱いていましたが、これから人々は、より『オーセンティシティ(本物)』を求める時代がきたんだと思います。
これまで私たちは自分の不完全さを突かれることをどこか恐れ、きらびやかな美しい面ばかりをファンに見せようとしていました。しかし、その結果、本来の姿とかけ離れた姿を見せれば見せるほど、アーティストたちは現実とのギャップに苦しむはめになったのです。でも、今回のコロナをきっかけに、どれだけ飾った自分の姿を世間へ見せても、結局誰も得をしないことに、多くの人々が気付きはじめたのではないでしょうか」
コロナの影響によって自由な交流が制限されてしまうと、それが恋しくなるのは当然だ。
少なくなってしまった交流機会の中で、うわべだけの付き合いではなく、本当の自分を見てもらえるような付き合い方をしたいと希求するのは舞台上の人々も同じだろう。
ステージで輝く俳優たちは、ファンに夢を見せる存在である。その夢を壊さないように振る舞うのも重要なことだが、それで本人が苦しむというのはファンにとっても辛いことだ。