これまで41の劇場で多くの作品を上演し、舞台関係者など約9万7000人の雇用を生み出してきた。その経済効果は、年間で148億ドル、日本円で1兆5500億円余りとも言われており、1年以上にわたる閉鎖の打撃は深刻だ。
長期の公演休止のなかで、俳優や舞台関係者たちは、いまどんなことを考え、どんな毎日を過ごしているのだろうか。
ブロードウェイの舞台で長年活躍している日本人俳優の由水南(ゆうすい・みなみ)さんに話を聞いた。
そもそも「明日はどうなるかわからない」のが俳優
日本人俳優の由水南さん(中央)
新型コロナウイルスの感染拡大による舞台への影響は、今年3月に発表された「2週間の休演」から始まった。それが3度延長され、10月に来年5月末までの閉鎖が決まったという経緯がある。
由水さんによれば、「俳優たちは、大幅に延長された休演決定に激しく動揺したことは事実」。休演の間は、職を失うも同然だからだ。
この決定で職を失うことになったのは、もちろん俳優だけではない。ブロードウェイで活躍してきた専属の演奏家たちの中には、ショックのあまり数カ月間落ち込んだり、楽器のケースを仕舞いこんでしまう人もいたという。
さらに、ニューヨークのファッション地区には演劇用の衣装を作る店舗が40軒以上並んでいるが、劇場での公演がなくなってしまった今は注文が途絶えてしまった。
その他、脚本や舞台監督、振付家、音響デザイナー、照明デザイナーといった仕事に就いていた人々も、ブロードウェイという舞台が閉ざされたことで一斉に職を失うこととなった。
舞台という活躍の場がなくなってしまって、さぞ由水さんも落ち込んでいるのかと思ったが、返ってきたのは意外な言葉だった。
「休演の発表があった時、多くの人たちから失業を心配する声が届きました。しかしブロードウェイの世界は、もともと仕事の保証がありません。1つの公演が終わったら失業。奇跡的に仕事を得ても、万一怪我をしたら、翌日からの仕事はなし。怪我でオーディションが受けられない状況になれば、数カ月先まで仕事がないという状態が続きます。
私たちはいつも、『明日はどうなるかわからない』という緊張感の中で、1つ1つの仕事と向き合っているんです。ですから、周囲の人が心配するほどの打撃は受けていません」
俳優という仕事は、普段からそもそも保証がないものだと由水さんは言う。
アメリカの俳優たちの世界には、「エクイティ(全米俳優組合)」という組織が存在している。永住権をもった一握りの人間だけが入会を許されるこの組合の会員数は約5万人だ。
しかし、このエクイティに入れたからといって、仕事や給料の保証をされるわけではない。
大きな舞台に立てるのは組合員の上位2%。地方の小さな舞台などの仕事を得ることができる人は13%。一度も仕事を得られないまま、業界から去る組合員も珍しくはない。
組合外の俳優もいることも考えれば、その競争の熾烈さは想像を絶するものがある。