コロナ禍のブロードウェイ俳優たち。演劇で学んだ「選択する力」が糧に


「Power to choose(選択する力)」が可能性を広げる


コロナ禍前にはミュージカルを楽しむ人や観光客で賑わっていたブロードウェイ(Victor Cardoner/GettyImages)


毎年1万人が入ってきて、1万人が去っていく世界──。そんな場所では、そもそも仕事を得られること自体が奇跡なのだ。こうした事情を見ていくと、由水さんの言葉の意味もわかってくる。

「確かに休演決定後は、みな不安になったと思います。国立精神保健研究所(National Medical Mental Illness)の調査によると、アルコール中毒や薬物過剰摂取として報告された人は、3月からの6カ月間で約30%増えたと言われていますから。

私たち俳優も、仲間が落ち込まないように、24時間対応のホットライン(相談窓口)情報をシェアして互いを気遣い合いました。

ただ、演劇を学ぶ多くの人たちは、演劇学校のなかで『Power to choose(選択する力)』の大切さを刷り込まれて成長します。芝居の中では、登場人物がどのような選択をするかで、その役の人間像が変わっていく。役作りのプロセスに必要な考え方であり、俳優たちの生き方にも大きく影響しています。

私たち人間には「選択する力」が備わっており、その力に気づき、人生を舵取りすることで、周りに流されずにどのような道でも切り開いていくことができる。

今回のように、突然降りかかった困難は、全ての人に平等です。その状況のなかで、個人個人がどのような選択肢を選ぶかで、その人の本質的な強さや能力が浮き彫りになるのだと私たちは教わってきました」


現在のTimes Squareは人もまばら(11月撮影)

そんな「変化し続ける力」をバネに、ブロードウェイの世界から離れて活躍する人たちもいる。

由水さんの友人にも、ニューヨークを離れて、地元でフィットネスやヨガ教室を始める人がいた。

さらには、不動産のセールスなど、舞台の世界とは全く違う場所へ飛び込んでいった人もいる。不動産業界では通常4カ月ほどの見習い期間が必要だと言われているが、優秀な俳優の中には、わずか数週間で独り立ちした者もいるそうだ。

「これまで熾烈な競争をくぐり抜けてきた、タフで努力家のブロードウェイ俳優たちの潜在能力に気づいたエージェントは、ブロードウェイ俳優を積極的に採用し、不動産のプロへ育成する会社まで出てきたそうです」

新しい仕事にキャスティングされる度に、何十人ものスタッフの名前を即座に覚え、文化や人種の違いを乗り越えて、強い絆を結んでいくのが俳優の世界。

そんな場所で揉まれてきた彼らは、初対面の相手と打ち解けるのも早くて話し上手という人が多い。そのコミュニケーション能力やここ一番のパフォーマンス力で、売りにくい家すら次々に売ることができたりするという。

不動産業界以外の場所でも、今までに培ってきた能力を発揮して活躍している俳優は多くいるだろう。

「悲しみに浸り続けるのではなく、今だからできることを追求する。厳しい労働状況のなかで精神力を鍛えてきたブロードウェイの仲間たちは、ピンチをチャンスに変える力をすぐに発揮したと感じます」


由水南(ゆうすい・みなみ)◎ブロードウェイ俳優。YUプロジェクト主宰(セミナー・サロン運営)。2002年に演劇を学ぶために渡米。07年に一旦帰国し劇団四季に3年間在団し、「ウィキッド」「美女と野獣」「鹿鳴館」に出演。09年に再び渡米し、15年に渡辺謙主演の『王様と私』でブロードウェイデビューを果たし、『ミス・サイゴン』『マイフェアレディ』などで活躍。オンラインサロン『YUサロン』やYouTubeチャンネルなど、独自のプログラムを通して、前向きに行動しチャンスを掴むためのツールを提供している。

変わるブロードウェイ #2に続く>

変わるブロードウェイ
#1 コロナ禍のブロードウェイ俳優たち。演劇で学んだ「選択する力」が糧に

#2 「生の感動」を届けたい。NYの振付家が始めた野外パフォーマンス

#3 ブロードウェイを忘れないで。舞台人がファンのために考えた「特別なこと」

#4 長期休演で課題が浮き彫りに。ブロードウェイが業界改革に乗り出した

聞き手・文=安積陽子 撮影・写真提供=由水南 編集=松崎美和子

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