これからの「いいビジョン」の具体例としては、建築テック系スタートアップVUILDが構想するポスト資本主義の住まいを作るプロジェクトNESTINGや、ソニーコンピュータサイエンス研究所リサーチャーの舩橋真俊による協生農法プロジェクト、生産者と都市生活者を直でつなげるプロセスで食という媒介で新たな繋がりを作るNEW COOPといった、「つくることで持続可能性を高める」「自分の食料自給(=レジリエンス)を高める」「食の流通でコミュニティを作り直す」事業やプロジェクトを紹介した。
生活者におけるライフスタイルの意識変革の取り組みが、市場の創出・拡大、それに伴う企業、投資家の動きにつながり、ESG、SDGsを前提とした持続可能な社会への動きを加速すると考えているからだ。
最後に、今回の鍵として紹介した「巡る経済」は、自分の感性がいいと感じるところからはじまり、自ら選んだり、一部作ることに参画する、エネルギーや食、住居などを含めた「巡る」ライフスタイルを通じて、人と人の新たなつながりを生み出す。そのコミュニティが、デジタルの世界と結びつき、新しい「小さな巡る文化」が経済を通じて拡散されることを意味する。そして、その延長線上に、生活者全体の意識が持続可能なライフスタイルを選ぶことへ向かい、大きな循環型経済が実現する。
21年の世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)のテーマは、「グレート・リセット」となった。世界の社会経済システムを考え直し、「人々の幸福を中心にした経済」への移行を視野に入れるという。彼らが問題提起しているタレンティズムは、持続可能な社会における価値創造の担い手が、個人、企業ともに、「意志を持った人格」になるということだ。
今後、「いいビジョン」を議論するのではあれば、いかにこの個人からはじまる小さな「巡る経済」を無数に生み出し、いい循環を生み出すかが、コロナを経験した私たちの最重要のテーマになると考えている。
さそう・くにたけ◎BIOTOPE CEO/チーフ・ストラテジック・デザイナー。イリノイ工科大学デザイン学科修士課程修了。P&G、ソニー・クリエイティブセンターなどを経て、共創型戦略デザインファームBIOTOPEを設立。著書に『直感と論理をつなぐ方法』など。大学院大学至善館准教授。多摩美術大学特任教員。