「パラダイスでは物足りない」ピクサーを飛び出した日本人クリエイターの軌跡

堤大介 / Photo by Daisuke Miyake


人の内側からストーリーを引き出す「トンコセラピー」


チーム作りにも経営にも、そしてクリエーションにも、全ての根っこに“WHY”がある。「こういう話がおもしろそうだから」を先行させないことはトンコハウスの鉄則。作品をおもしろくすることを大前提に、「なぜこの作品を作るのか」をリーダーや作り手全員で共有する。これは、「みんなの大切な時間を使うからには全員にとって意義のあるものにしよう」という堤たちの誠意の表れでもある。

そんな物語の素を引き出すために、トンコハウスでは「トンコハウスセラピー」を実践している。社会問題や世界の状況、トレンドなど、外的要因から物語を作るのではなく、その人の内側からストーリーを紡ぎ出すための、ちょっと不思議でユニークなプロセスだ。

「やっぱりお話は、自分の内側から出てくるものだと思うんです。日頃からちゃんと社会と向き合っている人だったら、中から生まれてくるものも必ず外のことと繋がってるはず。たとえば今は #BlackLivesMatter が大きく取り上げられてますけど、それが盛り上がってるからってそこまで興味がない人がやっても、本当の意味で説得力のあるものは作れないと思うんです」


(c)Tonko House Inc. 

自分の核を作品に落とし込む「自分にしかできないクリエーション」


そんな堤が今手がけているのは『ONI』という140分のアニメーション・ミニシリーズ。日本の民話をモチーフにした、アイデンティティがテーマの作品だ。

「この作品の“WHY”は、アイデンティティとの向き合い方をテーマにしています。自分は日本とアメリカでそれぞれ人生の半分を過ごしていて、『自分はどこの人間なんだろう』と考え続けてきた。自分の息子も日本人としてアメリカで育っていて、この作品が出る頃にはこの主人公と同年代になっている。彼もきっと共感してくれるんじゃないかなと。僕にとっては今このタイミングで伝えたい、とても大事なテーマなんです」


(c)Tonko House Inc. 

自分の内側から生まれる、いつか必ず自分が伝えたいと思えるストーリー。強い信念のあるテーマに「旬」は存在しない。長い時間をかけて制作するアニメーションの世界において、ブレずにいられるか、色褪せることなくパッションを持ち続けることができるかどうか。それは、作品の生死を分けるくらいエッセンシャルな要素だ。

「僕たちは『トンコハウス』っていうスタジオ自体が作品だと思ってます。ひとつの作品を作る旅、その全てがコンテンツであり、自分たちの創作物です。そう考えると内側から出てこないものにやる価値はない。『これは自分にしかできないって言えるものを作ろうよ』っていつも話してますね」

ものづくりの旅をみんなで楽しむ。人をつなぐ『トンコハウス映画祭』


アニメーション制作以外にも、教育プロジェクトやアートイベントなど、様々な事業を手掛けるトンコハウス。2019年には『トンコハウス映画祭』を東京・新宿で初開催した。世界中の素敵なアニメーション作品を共有する場を、日本で開催することにこそ大きな意味があると堤は語る。

「正直、僕らみたいなちっちゃいスタジオが映画祭をやるなんて、お金の計算してたら絶対あり得ないんですよ。でも、世界に誇れる独自のアニメーション文化を確立している日本で、世界中の色々な種類のアニメーション映画に触れてもらえる場所を作りたい。そこで、『こんなのもあるんだ』『こんな楽しみ方もあるんだ』ってどんどんみんなの世界が広がっていったらいいなという、地道なグラスルーツ活動なんです」



2019年初開催の『トンコハウス映画祭』 
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文=水嶋奈津子

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