「パラダイスでは物足りない」ピクサーを飛び出した日本人クリエイターの軌跡

堤大介 / Photo by Daisuke Miyake

堤大介 / Photo by Daisuke Miyake

世界最高峰のアニメーションスタジオ、ピクサーのアートディレクターとして『トイ・ストーリー3』や『モンスターズ・ユニバーシティ』を手がけた堤大介。監督作品が全てアカデミー賞を受賞しているアニメーション業界の大御所、リー・アンクリッチ監督に誘われてピクサーにジョインした。しかし、数々のヒット作に携わり、華々しく活躍していた最中にピクサーを去った。

初の個人作品『ダム・キーパー』は、アカデミー賞短編アニメーション部門にノミネート。その後もオリジナル作品を生み出す傍らで、堤はアニメーションスタジオという輪郭を飛び越えて、様々な挑戦を続けている。

なぜ彼は誰もが羨むピクサーでのキャリアを手放し、荒波が待ち受ける新たな航海に乗り出したのか。彼がその旅路の先に求めたものはなんだったのか。世界屈指のクリエイターであり、経営者であり、アニメーション業界に風穴を開けるチャレンジャーでもある堤に話を聞いた。

「なぜ作るのか」に答えられない自分。ここから新しい旅が始まった


堤がピクサーを去る動機の種になったのは、スケッチトラベルというプロジェクトだった。世界中のアーティストに、一冊のスケッチブックを手渡して絵を描いてもらう。そこには、フレデリック・バックや宮崎駿を始めとする映画・アニメ界の一流アーティストや世界的絵本作家など、総勢71名のアーティストが参加した。


スケッチトラベル

当初は自分の好きなアーティストと関わりたいという堤のミーハー心から始まった。それがいつしか、世界中のビッグアーティストが参加する壮大なプロジェクトとなり、最終的にはチャリティとして、新興国8カ国に図書館を建てるに至った。

その1年後、スリランカとカンボジアの図書館を訪れた堤は、現地の人たちが、図書館で目を輝かせながら本を読んでいる姿を見て、複雑な思いに駆られる。スケッチトラベルはそもそもチャリティを目的としていたわけでも、この子たちのためにやったプロジェクトでもなかった。モヤモヤを抱えたまま旅から戻った堤は、自分自身に問う。「なぜ僕は絵を描くんだろう?」その時の堤は、その問いに答えられなかった。

大波乱の『ダム・キーパー』制作。初めて見る舞台裏の世界


その答えを探すひとつのきっかけとして、堤は自分の作品を作ってみたいと思うようになった。そして、ピクサーで仲間だったロバート・コンドウを誘い、個人作品として『ダム・キーパー』を作り始めた。大気汚染の闇から街を守る「ダム」を管理する主人公のブタと転校生のキツネ、二人の友情を描く18分の短編映画は、2015年米国アカデミー賞短編アニメーション部門にノミネートしたほか、世界中の国際映画祭で20以上の賞を受賞した。


『ダム・キーパー』(監督:堤大介、ロバート・コンドウ)

ピクサーを代表するアートディレクターとして名声を築き、気づけばアニメーション映画制作というキャリアも10年を超えていた堤。しかし『ダム・キーパー』を作り始めて、「自分はアニメーション作りについて、知ってるようで全然わかってなかった」と当時を振り返る。

「それまでの僕はアートディレクターっていう仕事だけ、映画作りの中のひとつのパーツをせっせとやってただけだった。自分が今まで関わったことのなかった人たちの苦労や大変さを知って、そのエクスパートの人たちへの感謝やリスペクトがこみ上げてきました」
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文=水嶋奈津子

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