パラダイスでは物足りない。ピクサーからの旅立ち
ゼロから自分たちで作る作業は何もかもが新しく、毎日どこかで起こる火事の火消しに追われる日々。18分というショートフィルムを作ることがこんなにも大変なのだと思い知らされた。そして、それが終わってピクサーに戻った時、二人の目にはピクサーが全く違う世界として映っていた。
「大袈裟にいうと、ピクサーがすごい平和で時間がゆっくり流れるパラダイスみたいに見えたんです。それまでの僕にとってピクサーは本当に学びの場だった。でも多分その時は、成長できる場所としてちょっと物足りなさを感じてしまったんでしょうね」
リスクを恐れずに新しい世界に飛び込んでは、好きをとことん突き詰めて成長する。弱小野球部で野球少年だった時も、高校卒業後に英語も話せないままにアメリカに渡った時も、大学から絵画を学び始めてひたすら絵を描き続けていた時も、堤はいつもそういう道を自ら選んだ。当時の堤は子どもが2歳、家を購入して30年ローンを背負い始めたタイミングでもあった。しかし、そんな緊張感も肥やしに、堤は新しい冒険を求めてピクサーを去った。
(c)Tonko House Inc.
クリエイターが集まる場所、『トンコハウス』
2014年、堤はロバートと一緒に『トンコハウス』を設立した。ピクサーにいた頃は答えられなかった「なぜ絵を描くのか」「なぜ作品を作るのか」という“WHY”。トンコハウスを立ち上げて6周年を迎えた今でも、日々進化するこの答えを二人は常に確認し合っている。抱えるプロジェクトやスタッフの人数が増えても、みんなでそれを共有し、人や状況が変わってもブレずに持ち続けていられるようにと絶えず心を配る。
実力のある一流のクリエイターたちが、一緒に気持ち良く働けて一番輝ける場所。個々のアーティストとして活躍しながらみんなが自由に出入りできる、コミュニティのような場所。そんな理想像を目指して、トンコハウスの名前も、「スタジオ」ではなく「ハウス」にこだわった。
「会社という概念よりも、人が集まる『場所』であってほしいと思ったんです。ここに来て、みんなに僕らを踏み台にしてほしい。それぞれの目標とか夢に向かっていく中で、その過程にトンコハウスが必要だから『トンコハウスをやりたい』って思ってくれる人と一緒にやりたいんです」
トンコハウスがスタッフに保証する最低条件は、「ハッピーであること」。人それぞれ幸せの物差しが違うことを理解した上で、お互いの思いを包み隠さず共有する時間を堤は大切にしている。
「一部の人だけじゃなくて、みんながそういう話を気軽にできるカルチャーを育てたい。そういうDNAを根付かせていきたいですね。上の人が全部をコントロールするのではダメ。みんなが自分の幸せに、自分の“WHY”に責任を持つことが大事なんだと思います」
ロバート・コンドウ(左)とトンコハウスにて Photo by Daisuke Miyake