スウェーデンで医療崩壊が起きなかった理由 現地日本人医師の考察

今年7月、スウェーデン、ゴットランド島のレストランに並ぶ人々(Getty Images)


「集団免疫はほぼ獲得された」


ロックダウンしないことの副産物として、集団免疫を早く獲得できる可能性が期待されていたが、6月に行われたスポット解析では、ストックホルムでの抗体保有率は20%近くに留まった。しかしながら徐々に、新型コロナウイルスに対するT細胞を介した細胞免疫が存在することを示す論文が、複数発表されるようになった。つまり、新型コロナウイルス感染に対し、感染を防いだり、軽症化させるような細胞性免疫が存在する可能性を示唆するエビデンスが次々と報告され始めた。

たとえば日本を含め、東アジア諸国では、人口当たりの死亡者数が欧米に比し2桁も低い。この大きな差は政策だけでは説明が難しいが、T細胞を介した免疫で説明がつくという説もある。

T細胞を介する免疫は抗体では評価できない免疫である。新型コロナウイルス感染に関して、T細胞を介する免疫が知られるようになる以前は、集団免疫域値(herd immunity threshold; HIT)は60%以上と高く考えられていたが、現在では20%前後と低くなるとも推測されている。

これらの報告を踏まえて、公衆衛生庁は7月17日、抗体による液性免疫だけでなく細胞性免疫を合わせれば、ストックホルムにおいては、およそ40%が新型コロナウイルスに対する免疫を獲得したと推測されたことを根拠に、「集団免疫がほぼ獲得された」という見解を発表した。

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今年7月、スウェーデン、ゴットランド島のビーチに集まる人々(Getty Images)

スウェーデンでは現在、ソーシャル・ディスタンスを取りながら、夏の休暇を楽しむ国民の姿が見られる。パンデミック発生当初から一貫して、国民の自主性に任せる政策に大きな変更はなかったことから、国民の動揺も少ないように見える。国民の80%以上は、公衆衛生庁からの勧告に従った行動をしている(図12)。


図12:公衆衛生庁からの勧告に従うか

国民がある程度通常の生活を保ちながら、第一波の収束を迎えることができたことは幸いであった。政治家や公衆衛生庁など中央への信頼も、死亡者増加とともに多少減少はしたものの、常に過半数の国民は国を信頼しているとデータは示している(図13)。


図13:スウェーデン省庁の対策を信頼するか

ロックダウン解除後から感染の拡大が発生し、第二波が発生したとされる国が複数ある中で、スウェーデンでは、ロックダウンをしなかったことが有利に働いたと考えられ、現時点では、第二波など感染の再拡大は観察されていない。

未だ未知な部分が多いウイルスであるだけに予断は許されないが、第一波で新型コロナウイルスに対する診断や治療の経験が蓄積され、介護施設における問題点が明らかになったこと、また、スウェーデンの政策は、国民にとって今後も持続可能な政策であることから、スウェーデンに第二波が来たとしても、治療や感染対策の面では十分対応できるのではないかと考えている。

しかしながら、パンデミックが長期に及べば経済はさらに減速し、社会を支える若年者の命が失われるリスクが高まる。つまり、経済により失われる命がある訳だ。現在まで、感染により失われる命を救うことを免罪符として、経済を回す議論を行うことをタブー視する傾向があったが、今後人類は新型コロナウイルスと共存しなければならない可能性もあり、バランスの取れた政策の選択が望まれる。

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宮川絢子(みやかわあやこ)◎スウェーデン・カロリンスカ大学病院・泌尿器外科勤務。平成元年慶應義塾大学医学部卒業。日本泌尿器科学会専門医、スウェーデン泌尿器科専門医、医学博士、カロリンスカ大学およびケンブリッジ大学でポスドク。2007年スウェーデン移住。スウェーデン人の夫との間に男女の双子がいる。

文=宮川絢子

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