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北口正人 阪神コンテンツリンク 代表取締役社長/Billboard Japan CEO

東京、大阪、横浜と全国3店舗のライブハウスを運営するのは、意外にも大阪の電鉄会社の子会社。Billboard JAPANのCEOを務める北口正人に、音楽との出合いや、影響を受けた上司の教えを聞いた。


1988年12月。「石橋を叩いても渡らない」と揶揄されるほど慎重な経営方針をとっていた阪神電鉄の役員会で、一通の計画書が提出されました。表紙には「Blue Note梅田店出店事業計画書」の文字。この計画書を発端に一念発起した阪神電鉄のサラリーマンたちは、“音楽業界のオンリーワン”を目指すことになります。

僕自身は84年に阪神電鉄に入社し、甲子園阪神パークに配属され、プールやスケート場の現場責任者をしながら、広報、営業企画、イベントや遊具などの予算管理をしていました。その後、先の計画書を提出した張本人・山崎登という上司から「ブルーノートは君がトップでやれ!」と命じられ、そこからは無我夢中。2006年にはアメリカで100年以上の歴史をもつ音楽ブランド「Billboard(ビルボード)」と契約を締結し、現在、ビルボードライブ東京・大阪・横浜(開業日未定)の3店舗の運営やチャート配信などをしています。

そんな僕の“音楽事始め”は、高校1年生で先輩に無理やり勧誘された軽音楽部。「お前、ドラムせい」と命じられ、ビッグバンドでジャズを演奏していました。本当はロッド(・スチュワート)になりたくて、髪を伸ばし、毎朝ドライヤーで毛を立たせていたくらいだったんですが……(笑)。

ドラムの魅力にハマッたのは、大学の軽音楽部でカシオペアの曲を演奏するようになってからです。フュージョンの演奏はベースやドラムが前に出られる稀有な音楽であり、うまくないとカッコ悪いので、授業そっちのけで練習に明け暮れました。

僭越ながら、昨年末に『billboardを呼んできたサラリーマン』という本を上梓しました。大企業での新規事業のつくり方や外国の大御所ミュージシャンとのハプニング話なども記述していますが、いちばん伝えたかったのは、起業や個人事業主になることだけが夢をかなえる方法ではないということ。サラリーマンでも「自分がやりたかった仕事や事業を、会社の許可を得てやり続ける」という道があるんです。

いちばん影響を受けたのは、やはり上司の山崎登さんですね。僕に夢のあるサラリーマン生活を送るチャンスをくれた人でもあるし、教えが的確なんです。例えば、彼の部下であれば一度ならず聞いたことのある「男は愛と勇気とサムマネー」は、つまり「嫁さんはお前にちゃんとサムマネーをもたせてくれているか?」という話で、部下にご飯をおごったり、身銭を切って音楽を聴きに行ったりしろよということ。マッチマネーだと家庭崩壊につながりかねなくて、サムマネーというのがポイントなんです。

最近、改めて人との出会いに感謝しています。よいアイデアや助けが欲しかったら、素晴らしいネットワークをもっている人と友だちになることですね。ビジネスから入ったら絶対にダメ。要は「釣りバカ日誌」なんですよ。そして、頼まれたことは絶対に断らない。ぜんぶ受けて、努力して返していく。また、こちらからはむやみやたらとお願いしない。相手のお願いを100聞いて、1をお願いするくらい。そうすればプライベートとビジネスの境目のない、よい関係が続くと実感しています。

構成=堀 香織 写真=yOU(河崎夕子)

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