7月22日発売のフォーブス ジャパン8・9月号では「新しいビジョン」入門特集を掲載。これからの時代の「ビジョン」を考えるガイドブックを目指し、台湾のデジタル担当政務委員オードリー・タンをはじめ、世界および日本の起業家、経営者、Z世代の「これからの理想」を紹介している。
1995年に、すべてのインターネットの礎となった「ハイパーテキスト」を生み出したティム・バーナーズ・リー、2004年にインターネット上での知の共有を変革した「ウィキペディア」―。世界がインターネットでつながり、人々がスマートフォンを持ち運ぶはるか前、私たちはこれらを「アート」として世界に紹介した。
アルスエレクトロニカは、オーストリア・リンツにある、40年の歴史を持つ文化機関だ。年に一度開催される「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」は、最先端のテクノロジーを用いたアート作品「メディア・アート」の祭典として世界に知られる。アルスエレクトロニカはアートを過去の装飾品ではなく、「いま」をつくり、未来を生み出すものととらえている。だから、額縁に入らないような作品も、アートになる。
例えば、20年の同フェスティバルで私たちが「デジタル・コミュニティ」部門の大賞として選出した作品のひとつ、〈Be Water(水になれ)by Hong Kongers〉は額縁に入れることができないばかりか、作者そのものが社会現象だった。
現在、香港では大規模な民主化デモが展開されている。その合言葉になっているのが「水になれ」だ。アクション俳優のブルース・リーの格言として知られるこの言葉は、流動的で非中央集権的なデモのメタファー(隠喩)として用いられている。そこで重要な役割を果たしているのがデジタルテクノロジーだ。香港のアクティビストたちは、クラウドソーシングやソーシャルメディア、オンラインの署名などを駆使して状況に柔軟に即応し、連携する。まるで水のようになってデモを継続しているのだ。こうした現在の香港で展開されている「デジタル・アクティビズム」が、デモに限らず、未来におけるデジタルコミュニティのあり方を象徴していることが受賞理由となった。
私たちは、時代を問い、表現するアーティストの思考法「アート・シンキング」に、人間性やこれからの社会課題の本質に迫る重要な役割を感じ、さまざまな分野への応用を試みている。世界的なパンデミックに際して思うことは、このアート・シンキングこそが社会が急激な変化に対応するための「免疫」になるということだ。
その理由は次の通りだ。19年のフェスティバルのテーマは、「Out of the Box(既成概念を捨てて考える)」。アーティストこそ「Out of the Box」するセンスを持つ人々だ。彼らは、既成概念の外側に出て「起こり得る未来」を想定する。アーティストの思考が根付いている社会では、急激な変化が起きても、すでに想定済みであることから、柔軟に対応することが可能だ。