だが、それがまぎれもなく本当のことなのだ。その師の名は、ビル・キャンベル。アメフトのコーチ出身でありながら有能なプロ経営者であり、「ザ・コーチ」としてシリコンバレーで知らぬ者のない存在となった伝説的人物だ。
そのビルが亡くなったことをきっかけに、このままではその教えが永久に失われてしまうと危機意識を抱いたのが、15年以上にわたってビルに教えを受けてきたシュミットら、世界的ベストセラー『How Google Works』の著者トリオだ。
シュミットらは、自分たちの体験に加え、ビルの薫陶を受けた100人近くもの人物に、ビルの「成功の教え」について取材を敢行、ついに完成したのが『1兆ドルコーチ──シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』(エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ、アラン・イーグル著、櫻井祐子訳)だ。
序文はペンシルベニア大学ウォートンスクール教授で世界的ベストセラー『GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代』著者のアダム・グラントが寄せ、現役のグーグルCEO(スンダー・ピチャイ)とアップルCEO(ティム・クック)が並んで賛辞を寄せる異例の1冊となった。同書は発売早々ニューヨークタイムズ・ベストセラー、ウォール・ストリート・ジャーナル・ベストセラーとなり、世界21か国での発売が決まっている。このたび日本版が刊行されたことを記念し、「ダイヤモンド・オンライン」からの転載で、同書の一部を抜粋して公開する。
同じテーブルに着く
1980年代のテック企業は幹部の大半が男性で、女性はとても少なかった。アップルの人事責任者を務めていたデビー・ビオンドリロは、そうした数少ない女性の一人だった。
だが彼女は毎週開かれるCEOのスタッフミーティングではテーブルに着かず、壁際に並んだイスの一つにすわるのだった。ビルはこれにがまんがならなかった。
「そんな後ろで何をしている?」と彼はデビーに言った。「テーブルに着くんだ!」
とうとうある日、デビーはミーティングに早くやってきて、おそるおそるテーブルに着いた。席がどんどん埋まり、デビーの隣にはアル・アイゼンスタットがすわった。アルはアップルの法務顧問で、ビルの前任のマーケティング責任者の一人として、同社の初期の成長に貢献した精力的な幹部だ。
彼は無愛想なことでも知られていた。その日アルはテーブルに着き、隣にデビーがすわっているのに驚いた。「お前さん、ここで何をしているんだ?」と彼はぶっきらぼうに尋ねた。
「ミーティングに出るのよ」と、彼女は内心よりも自信に満ちた声で答えた。
「アルは私を何秒かじっと見つめていた」とデビーは言う。「そしてビルのほうを見やった。そのとき、もう大丈夫だと思った。ビルが味方してくれるから」
ビルは私たちがこれまでのキャリアで出会った誰よりも強く、女性が「同じテーブルに着く」べきだと主張していた。多様性が叫ばれるようになるはるか前からそう訴え続けていた。
一見、意外に思えるかもしれない。ビルは口が悪く、フットボール命で、下ネタ好きで、野郎旅をきわめ、ビールを愛した。こうした男同士の活動のうち、ののしりを除く大半は職場の外で行われたが、完全にというわけではない。ビルの周りの女性たちは、きまり悪さを感じたこともあっただろうし、スポーツバーでビールを飲みながらジョークを飛ばすのに気が引けることもあっただろう。
だが私たちが話を聞いた女性たちは、一人残らず彼のスタイルを心地よく感じていた。ビルが敬意と温かさ、率直さをもって厳しいことを言ってくれる、まっすぐな人間だと知っていたからだ。