性別は関係ない
また、ビルは仕事外でも種をまける場所を人に与えた。ある日ダイアン・グリーンは、インテュイットの取締役会でビルと子どもたちの話をした。ダイアンの息子は中学でフラッグフットボールをしていたが、小学5年生の娘は、男子がフットボールをできて女子ができないのは不公平だと不満を持っていた。
ビルは木曜の午後にアサートンのセイクリッド・ハート・スクールに娘を連れて行くよう、ダイアンに勧めた。理由は言わなかった。ダイアンが娘と行ってみると、校庭で女子中学生がフラッグフットボールの練習をしていた。ビルはフィールドにいて、男子チームを教えるときと同じだけのエネルギー(とののしり言葉)を注いでコーチしていた。
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「女子にもフットボールができることを、娘に見せてくれようとしたのね」とダイアンは言った。「彼はただフットボールを教えていて、相手が女子かどうかなんてことはどうでもよかった。多忙な時間をやりくりしていたのに、それをおくびにも出さなかった」
ビルは大人の女性のチームにアドバイスする時間もつくった。シェリー・アーシャンボーはメトリックストリームのCEOに就任してまもなく、女性CEOがお互いを支援し指導し合えるグループをつくった。
シェリーはあるときミーティングにビルを招待し、それがとても楽しかったから、以降ビルを呼ぶのが恒例になった。パロアルトにあるビルのオフィスに集まり、その日のテーマについて2時間ほど話し合った。ビルがミーティングを準備し、企画することが多かった。彼は女性は何をすべきだなどと言うことはなく、ただ自分の経験を語り、質問をした。
ほとんどの場合、テーブルを囲むCEOが全員女性だということは、話題にすら出なかったし、とくに意味がなかった。だが多様性のなさが話題に上ったり、誰かが偏見を受けた経験を語ったりすると、ビルはいつも憤慨した。
そして、機会があれば、テーブルを囲む女性同士でチャンスを与え合うようにと促した。だがこれはむずかしいこともある。2017年の「ハーバード・ビジネス・レビュー」の論文によれば、職場でマイノリティに属する人は、同じ属性の人を自分の組織に迎えることを気兼ねするという。特別扱いをしていると思われたくないし、自分の連れてくる人が「及第点」に達していないことを心配するからだ。だからビルは、取締役が必要になったら、まずこのメンバーのなかから探せと、いつもグループに促していた。
シェリーはビルの教えにならい、会社のインド・バンガロール支店で、女性のための多様性プログラムを立ち上げた。支店には1000人を超える従業員がいて、女性の占める割合は30%と、当時のインドのテック企業としては高かった。
しばらくして、事業の状態を確認しプログラムの進捗を知るために、彼女は支店を訪問した。多様性委員会と経営陣を会議室に集めたが、部屋は手狭で、テーブルには全員分のイスがなかった。部屋に入ってくる女性たちはみな、壁際に並べられたイスにすわり、男性は当然のようにテーブルに着いていった。
だがそこでシェリーは彼らを止めて、女性たちにテーブルに着くように、男性たちには外側のイスに移るように指示した。それからミーティングに入った。
話し合いが終わると、シェリーはテーブルではなく壁際にすわるのはどういう気分だったかと、男性たちに尋ねた。変な気持ちで居心地が悪かった、と彼らは答えた。
そうでしょう、と彼女は言った。会議に本当の意味で全員を参加させるには、全員が同じテーブルに着く必要があるのだ。
(本原稿は、エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ、アラン・イーグル著『1兆ドルコーチ──シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』〈櫻井祐子訳〉からの抜粋である)