気がかりな脱北者の証言もあった。拉致被害者である日本人女性が工作員達に日本語を教えることを「母国に迷惑をかけられない」と拒否したことで収容所に送られ、飯炊きの仕事をしていたらしい。極寒の中、布団もない苦しい暮らしを強いられていたという。本作で、その女性をイメージしたキャラクターが登場するシーンからは、彼女の望郷の念がひしひしと伝わってくる。
アニメ映画で、悲惨な現実をどう描くか
拉致被害者家族会元代表の横田滋さんが6月5日に亡くなり、日本では拉致問題が大きく再注目された。一方で、日朝政府が推進した在日コリアンの「帰国事業」によって、1959年から25年間で約9万3000もの人々が北朝鮮に渡ったことについては関心が寄せられることはあまりない。かつて日本でも政府やメディアで彼の地を「地上の楽園」と喧伝され、それを信じ込んで渡った人も多い。脱北者の証言から、清水はこう指摘する。
「帰国事業で日本から北朝鮮に渡った人たちは、向こうでも差別されていたようです。また収容所行きになった人も多くいることを知り、私の家族や友達が同じ末路を辿っていてもおかしくないと思いました。帰国者は自分の意思で北朝鮮へ渡ったので自業自得だと言う人もいますが、それでいいのでしょうか? その中には、6000人以上の日本人配偶者や子息も含まれているのです」
実際に脱北者の証言を聞いて、清水はどんな印象を持ったのだろうか。「北朝鮮の人権について悲劇的な話を聞けばいくらでもありました。ただ、これをまともに伝えようとするとホラー映画みたいな仕上がりになってしまうので、多くの人は敬遠するかもしれないと思いました。過酷な状況でもヒューマニティーは存在していて、人々の団結や、ロマンスも、友情もユーモアもあり、そこにフォーカスしたいと思いました」と明かす。
「悲劇的な一面だけを見ていては人は頭では認知できても、心は動かされません」。本作で描かれるのは、強制収容所の酷い面だけでなく、制限された環境の中で少しでも豊かに生きようとする人々の姿だ。主人公のヨハンは子供から青年になるにつれて、収容所内での強制労働や飢餓のなかで気持ちが揺れ動き、人を裏切り、長いものに巻かれるような素ぶりも見せる。だが、ある事件をきっかけに苦悩し、人間性を徐々に取り戻す努力をしていく。
強制収容所内のヒューマニティーが描かれた『TRUE NORTH』のワンシーン
「僕らだってそうじゃないですか。北朝鮮という特殊な環境設定の差はあるとしても、みんな悩んで生きている。登場人物には強いところや良いところもあれば、弱いところ、悪いところもある。そんな人間くさいキャラクターに、観客の皆さんが自分自身を投影できるように心がけました」
だからこそ、清水はドキュメンタリーなどではなく、アニメ映画にすることにした。だが、先述の通り、清水にはディレクターとして脚本を書いたことも、アニメ映画を制作したこともなかった。それでは、どうやって実現させていったのだろうか。後編では、『TRUE NORTH』についてインタビューでお届けする。
(後編:なぜ北朝鮮の人権が題材に? 話題の3Dアニメ映画『TRUE NORTH』監督に聞く)