「とにかく5月中に振込をはじめたい」という浦川のあまりにシンプルな指示に、藤原は驚いた。すぐに、やるべきこととして、封筒と印刷機の確保、コールセンターの開設、振込データ作成システムの開発など、次々と藤原は提案した。多くの自治体からの業務を任されている彼女だが「私の提案への回答の迅速さは、神戸市が群を抜いていた」と語る。
とにかく今回の作業では、郵送申請に必要となる封筒と印刷機をいち早く確保できたことが大きかった。今年は、5年に1度の国勢調査の年であり、すぐに大量の封筒を手に入れるのが困難だったのだ。しかも、大量の封筒や申請書に対応できる印刷機の数も限られている。
これらを押さえることに成功した神戸市は、5月14日に申請書の郵送を始めると、20日には全世帯への発送を終えた。人口100万人以上の大都市の中で段違いの速さで、これがのちの大量給付への近道となった。
浦川は「申請書を送ると、その後の流れが急速に見えてきた」と話す。たちまち市民から返送されてきた膨大な数の申請書を見ると、不備がなく自動処理できる割合などから、全体の業務量やスケジュールが計算できるのだ。
郵送申請と並行して「振込データ作成システム」の開発を急いだ。住民基本台帳の世帯主と世帯人数に、申請書に書かれた口座情報を統合し、銀行に送信するデータを作成する。開発を進めながら、システムが稼働したときにデータを流し込んで処理できるように、申請書に書かれた口座情報は先行してエクセルシートに入力した。
6月1日、待ちに待ったシステムの試運転が始まる。そして5日、神戸市の公金口座を管理する三井住友銀行に7万5000件を超える振込データが送られた。「送信ボタンを押す指先が震えた」と浦川は語る。銀行では口座情報に誤りがないかを念入りにチェックして、5日後の6月10日、一斉に振り込んだ。
こうして大量の振込が始まったのだ。神戸市では6月22日現在で、52万4604件の支給を終え、全世帯に占める支給率は68.7%に達した。
新型コロナウイルスの感染拡大への対応は、自治体に大きな負荷を与えた。特別定額給付金の現場担当者ともなると、さぞかし苦労が大きかったことだろう。ところが、そんなことは少しも口に出さず、自分たちの業務についてひたむきに語る2人の晴れやかな笑顔が印象的だった。
連載:地方発イノベーションの秘訣
過去記事はこちら>>