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川村雄介の飛耳長目

インフルエンザがきっかけだった。半世紀近く前である。年末に発熱し、一週間ほど寝込んだ。正月明けには回復し、大学の授業にも通い始めた。だが、風邪薬が切れると発熱して呼吸が苦しくなる。開業医に行くと「ちょっと風邪をこじらせましたねえ」。

熱は下がっても快癒感がない。薬が切れるとまた熱発である。

3カ月もの間、同じことの繰り返しだった。さすがに心配になって総合病院に行くと「命にかかわる感染症です。直ちに入院だ」。

亜急性細菌性心内膜炎という疾患だった。溶連菌が心臓内に巣くい、増殖して全身を駆け巡っていたのだ。私には先天性の心室中隔欠損があった。そこに菌がつけ込んだのである。毎日6本の抗生物質の筋肉注射と12時間の点滴が2カ月以上続いた。

ようやく退院したのは盛夏だった。親友の医学生、H君が「抗生物質のお陰だよ。一昔前なら君は死んでいた」という。彼は現在、東京両国にある病院の副院長として、コロナ対応の最前線に立っている。

試練はその後も10年余り続いた。心内膜炎が再発、根治には心臓手術しかなかった。H君の勤務先病院で8時間にわたる手術は成功。ところがその数年後には立て続けに肺に穴が開き、同じ病院で気胸の手術だった。さらに後年、不整脈治療で大出血する羽目になった。その病院にH君はいなかった。

どの疾患も戦前だったらまず助かっていない。医薬の進歩の有難さを痛感した。それに医師の存在が大きい。主治医や看護師さんたちはもちろんのこと、専門家であるH君の存在が大きかった。重篤な病を得た時、最後に頼りになるのは評論家ではなく、地に足の着いた実務者である。

現下のコロナ災厄で、世界中の人々が最先端医療に裨益する大切さを骨身に染みて感じている。その継続的な発展のために、ポイントは3つあると思う。

第一に政治的リーダーシップだ。2世紀のローマ大感染症にはマルクス・アウレリウスがいた。ポリオ災禍ではルーズベルト、アイゼンハワーが活躍した。天然痘に苦しんだ日本では、古くは聖武天皇、江戸時代には徳川吉宗が指導力を発揮した。コロナではグローバルなリーダーシップが求められる。

第二は、長期的な研究開発体制の確立である。予期できない病疫ほど、忍耐強く長年月の研究開発が必要になる。人材養成も不可欠だ。明治期に中国ペスト問題で名を上げた北里柴三郎のような専門家を輩出したい。この分野には、無駄な研究などない、と心得るべきではないか。

第三に、かなりの額のおカネをつぎ込むことだ。研究開発はもちろん、その量産体制を確保するためには巨額な資金が必要になる。人材養成にも投資を惜しんではならない。

第一と第二のポイントに、国民一人ひとりが問題意識を共有することは大切だが、直接関わることは容易ではない。対して、第三には直接タッチできる。

まず思い浮かぶ方法が寄付だろう。企業や著名人などはすでに相当額の寄付を実施しているし、個々人で細やかな活動を行っている人も少なくない。でも大多数の人は、その気はあるがもう一歩を踏み出せない、という感じではないか。

文=川村雄介

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