以前、経済産業省が主催する会議に参加した際に、地方からの参加者は私ともう1人だけで、あとはみな東京でグローバルに活躍する専門家ばかりだった。未来の持続可能な日本のインバウンド観光について話し合ったのだが、東京などの都市部と地方の観光のあり方は大きく違い、その違いを両輪でうまく活かし合うことが、世界から日本が観光のデスティネーションとして選ばれる鍵だと考えている私と、その他の方たちのあくまで東京目線の立ち位置の違いに、なんとも虚しい気持ちになったことがある。
そもそも政府がインバウンドを急速に押し進めようとしたときから、政策遂行のなかで、地方を活かした大なり小なりの経済循環を生む仕組みについて、しっかりと見極めていた立案者がどれくらい存在しただろうか。世界が日本の何に魅力を感じているのか、日本の観光が持続可能な新産業として成り立っていくことの本当の意味について、どれほどの人々が真摯に向き合ってきただろうか。
だからこそ、今後、観光業を生業としていく人たちにも、こういった危機的状況下での各々の対応の仕方が問われるはずだ。「観光」はきっと社会貢献型の新たな社会インフラとしても大切なものになっていくはずだし、なってほしいと切に願う。
今後、日本の多くの人たちの気持ちは、いったんは内向きに向かうだろうが、世界では国を超えて「助け合う」という「共助」「連携」の必要性が再認識されている。そんななかだからこそ「観光交流」は、他者の存在や多様性を学んだり、活用したりするための出発点となる「産業」だという役割もあるのではないだろうか。
旅館の女将の「笑顔」という言葉
先日、岐阜県で、コロナ社会における今後の観光のあり方を考える意見交換会が開催されたが、そのなかで印象的だったのは、私も親しい高山の旅館の女将の言葉だった。その旅館、そして女将のおもてなし力は、国内屈指だと私は思っている。国内だけでなくインバウンドのお客様からの支持も高いが、2カ月近い全面休館のなかで女将がたどり着いたのは、「新しい旅館、それは新しい笑顔をつくること」だったという。
そのために館内のハードもソフトも含めて「おもてなし」に関わるあらゆることごとを見直したとのこと。そのとき思い浮かべたのは、いままで宿を尋ねてくれた国内外の「あの人」「この人」たちの笑顔だった。
日本人も外国人も分け隔てなく、ひとり、ひとりを笑顔にできる「きめ細やかな」おもてなしの提供だ。それらを、ソーシャルデイスタンシングを守りながら行うにはどうすればよいのかを悩み、考えに考えて、できる限りの設備整備も行ったうえで、最後に重要なのは「笑顔」だと再認識したとのことだ。
この旅館の再オープンの日程が報じられると、さっそく常連さんからの予約や、海外からの宿泊の打診も入ったとのこと。休館中の経営面でのさまざまなやりくりを乗り越えるなかでも、「笑顔」という概念を忘れない女将だからこその結果だと私は思う。そしてそれこそが、国内外の人々が日本の旅に求める重要な要素のひとつなのだ。