1975年を前後に、何が変わったのか
20世紀になるとワクチンの開発などにより、感染症による死亡数が世界的に激減。天然痘が撲滅すると、「感染症はもはや人類の脅威ではない」と世界保健機構(WHO)や各国政府は豪語した。
ところが、1975年頃を境に感染症の死亡数は年々増加。1976年にはエボラ出血熱、1981年にエイズ(後天性免疫不全症候群)、1997年に鳥インフルエンザ、2003年にSARS(重症急性呼吸器症候群)、2012年にMERS(中東呼吸器症候群)が出現。これら30以上の感染症が新たに世界規模で猛威を振るうようになり、新興感染症と名付けられた。
米ブラウン大学の調査研究によると、近年世界の感染症の発生数は年々増加している。左上(a)のグラフが1980~2010年における感染症の全世界の総発生数と疫病数を示している。出典: Smith, K.F., et al. 2014.
「ここ10年で発生している新興感染症の75%は動物由来および家畜由来である」と、欧州食品安全機関(EFSA)の疫病専門家ヴァレンティーナ・リッツィ氏は指摘する。国連環境計画(UNEP)事務局長インガー・アンダーセン氏は、「中でも豚や家禽由来の感染が増加している」という。
しかし、動物の家畜化は1万年前に既に行われていたはずだ。1975年を前後に、何が変わったのか。
近代農業が動物の暮らし方を変えた
今から約45年前、畜産業の経済効率化が始まった。飼育場は大規模化し、複数の飼育場が隣接して一箇所に集約されるようになっていった。飼育場内では人が歩くスペースもないほど大量の家畜が高密度の中で飼育されている。牛や豚であれば数千頭、家禽であれば数万から数十万羽にもなる。
ファクトリー・ファーミング方式で飼育される家禽。出典:The Gardian. 2016.
動物たちは、屠殺または処分されるまで屋内に閉じ込められて生涯を過ごす。短期間で成長を促され出荷させられるため、大規模な集約畜産を工場に見立ててファクトリー・ファーミング(Factory Farming、工場式畜産)と呼ぶことがある。
今日私たちが口にする肉、卵、乳製品といった動物性タンパク質のほとんどは、その方式で生産されている。その割合は欧州全体では家禽の9割にものぼる。鶏だけではなく、豚や牛も同様の条件で集団飼育されるケースが全世界的に増えているという。
集約畜産の現場は病気の繁殖地と化した。英バース大学の微生物学研究者らは、牛や鶏といった家畜の調査結果をもとに、ファクトリー・ファーミングが病原体が蔓延する温床になっていると警告する。