悲劇は「突然」起きない
こうした悲劇は、突然起こるものではない。背後には脈々と連なる歴史的な葛藤、つまり討伐しきれなかった巨人の存在がある。
イシグロは本作リリース後の世界ブックツアーで、各国を訪れる度に「この国の『埋められた巨人』は何か?」と問うた。
アメリカでは当然のごとく人種差別の歴史が例に挙げられた。
この度起きたミネアポリスでの白人警官による黒人男性の暴行死事件と、それに発端する全米での抗議活動も、過去から続く悲劇の連鎖がもたらしたものだ。アメリカにおける巨人は、もはや埋められることなく暴れ続け、トランプ政権の人種差別を煽る傾向がそれを更に加速させている。
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この歴史的背景を解説するドキュメンタリー『13th -憲法修正第13条-』は、1964年に成立した公民権運動を経てしても解決しきれなかった奴隷制度の問題が、姿を変えて黒人社会を苦しめ続けていることを、識者の分析と数字を根拠に伝える。
「統計上アメリカの人口は世界人口の5%だが、受刑者は世界の25%を占める」──その事実の背景には、憲法の「抜け穴」があった。
差別が生んだビジネス
憲法13条は正式に奴隷制度の廃止を規定し、すべてのアメリカ国民の自由を保証している。だがその一部の「ただし、犯罪者には適応されない」という部分が都合よく解釈された。南北戦争後、自由の身となったはずの黒人たちはわずかな軽犯罪で大量に投獄され、経済再建の労働力として利用された。
黒人は犯罪者というプロパガンダは大衆に広がり、その後もアメリカの歴代権力者たちによって誤った事実をつくられ、誇張された。黒人逮捕者数は増え続け、彼らの刑務所での労働は「産嶽複合体」という一大事業となり、今や大きな利益を生み出すビジネスモデルと化した。黒人不当逮捕の背景には、このように奴隷制から続く長い迫害の歴史がある。
国が、人々が、過去のあやまちを認めてこなかったことが、現在も新たな争いを生み続けているのは明らかだ。
ドキュメンタリーの後半、作家でありニュース解説者のヴァン・ジョーンズは、このように語る。
「奴隷制が終わったとき 私たちは大いに喜び祝った
だが人種隔離や暴力は続き キング牧師などの運動家が現れた
やっと選挙権は得たが今度は犯罪者扱い」
「次は何が繰り返されるか分からないが 何かあるに違いない」