ビジネス

2020.03.23

【独白】「日本のアートマーケットが1兆円を超える」と断言できる理由

Shinwa Wise Holdings取締役会長の倉田陽一郎


1980年代のバブル景気で日本のアートマーケットが盛り上がったとき、当時の人たちは浮かれ過ぎてしまって、次の世代への価値に責任をもつことを怠ってしまった。世の中は“価値をつくる”ことに対して、中長期的なビジョンを持って一貫性を持って行動していかなければいけません。でなければ成長できない。我々は、日本画の価値を上げるために資金力を投入することを含めて様々な努力をし続けていく。そうすれば日本のアートの時価総額が上がっていきます。

日本の中できちんと価値付けをした後は、アジアに展開していかなければいけない。欧米も少し時間がかかると思いますが、どうして日本画が世界において重要な意味を持つアートであるのかを説いていけば、アジアでも欧米でも価値あるものとして高価に取引されるようになっていく。日本のアートが世界でも評価を勝ち得ることは、私にとっても大きなチャレンジになります。

アートの価値付けも新しいあり方を追求すべき


また、日本のアートマーケット再興に必要な2つ目のアイデアが「新しい時代の新しい価値付けのあり方でアートを価値付けしていく」というものです。

アートの価値づけは、20世紀後半から、これまでの歴史の中で画廊のギャラリストによる主観的な価値づけから、オークション形式による客観的な価値づけへと価値付けのあり方が拡がってきました。もう少し詳しく説明すると、昔は画廊(ギャラリー)がの値段をつけてきました。作家は「1号でいくらだから、この絵はいくら」という値段の付け方をしていたのですが(1号=はがきサイズ。これも日本特有の換算の仕方)、そこには根拠は決して客観的なものではなく、主観的なものでした。

美術年鑑には、その作家さんの過去の展覧会で実際に販売した最高額の値段が、号換算で記載されていますが、それはあくまでその値段で過去に売っていたという“勲章”であり、価値の根拠としては不十分です。そのような誰かが中央集権的に付けた価格形成のあり方はフェアではないということで広がったのがオークションです。売り手に対して、買い手が何人もいて競り上がる方式で、現在では、最もフェアで客観性がある価値の付け方と言われています。



オークションは、出品された作品が、会場、電話、書面、インターネット経由で複数の買い手がいる状態で値段がせり上がっていく。画廊のギャラリストが独自に設定した中央集権的な価格設定ではなく、オークションでは最低でも2人以上の価値観が競ることにより価格が決まるため、ある意味でオークションによる価値付けには客観性が生まれました。

このようなプロセスを経て、アートは徐々に分散化されたフェアな取引での価格形成ができるようになってきたのですが、オークションによる価値付けにも課題がある。オークションで値段を操作しようと思えばある作家の価値を操作することができるのです。例えば世界でも著名な大富豪とサウジアラビアの王様の2人の大金持ちがその作品をどうしても欲しいと競ったら値段はいくらでも高くなる。それはその作家の作品の客観的な価格ではないと思います。また、ITやSNSなど新しい技術による人間らのライフスタイルが進化し、時代が大きく変わってきています。

例えば、ミレニアル世代とZ世代と言われるデジタルネイティブの人たちの合計可処分所得は2015年に全体の34%を占めていましたが、2025年には50%まで拡大すると言われています。彼らは従来の人たちと価値観が異なり、所有欲がありません。自動車も1家に1台ではなく、シェアして乗りたいときに乗れればいい。ラグジュアリーブランドのアイテムで身の回りを固めることに価値を感じていない。そういう世界と対峙するにあたって、アートの価値付けも新しいあり方を追求していかなければならなくなると思います。
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文=新國翔大 人物写真=山田大輔

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