筆者はヘラルボニーがForbes JAPANの「30 UNDER 30 JAPAN2019」を受賞した際の取材の時に、松田兄弟から、こんなエピソードを聞いていた。2019年5月21日、首相官邸で開かれた「安倍総理と障害者の集い」に松田兄弟は参加していた。ヘラルボニーの商品であるネクタイや傘のデザインの元になったアート作品を手がけた障害のあるアーティストたちも共に参加。そのうちの一人が、安倍首相を見た瞬間、「お兄さん、お兄さんこれ買ってよ 」と元気よく声をかけたという。
誰とでも分け隔てなく純粋な気持ちで接する場面が想像でき、心が温まった。
一方で、首相の「シュレッダー発言」はどうだろうか。「障害者雇用の職員」を引き合いに出すことで、責任の追及から逃れられるとでも思ったのだろうか。筆者からすれば、その無責任な発言にふつふつと怒りが込み上げてくるようだが、ヘラルボニーは結果的にその発言を「チャンス」と捉えたのだ。
「『障害者』と『雇用』の問題に真正面から取り組んできたヘラルボニーだからこそできるブランドアクションをしよう」
「障害者」という言葉自体をシュレッダーにかけたような演出(ヘラルボニー提供、撮影:鈴木渉)
意見広告とは、組織や個人が、ある特定の事柄についての自らの意見を主張するために行う広告だ。ヘラルボニーでも、ナイキが2018年に「Just Do It」30周年を記念して大々的に展開したキャンペーン「DREAM CRAZY」などの例を参考にした。
ナイキのキャンペーンでは、元NFLアメフト選手のコリン・キャパニックを広告に起用した。彼は、2016年のプレシーズンマッチで「人種差別への抗議」を示すために国歌斉唱を拒み、厳しい批判を浴びたプレイヤーだ。その後、NFLのチームと契約ができなくなり、アスリートから活動家に転身した。この広告は、保守派からの反感を買ったが、結果的に売上高も上がり、世界最大級のクリエイティブフェスティバル「カンヌライオンズ」でもアウトドア部門、スポーツ部門でグランプリを受賞するなど高く評価された。
小さな組織に大きなリスク。だからこそできることがある
ヘラルボニーとして、このような「社会的なメッセージ」を打ち出す広告を出すことは、リスクも大きい。必ずしも賛同されるだけでなく、批判や炎上につながることもあり得るからだ。ましてや創業1年、社員6人の小さな組織にとって、炎上した場合のダメージは大きい。社員の中にも不安を感じる人もいた。代表の松田は、「最悪の事態」も想定して、社員らとのミーティングを何度も重ねた。
ヘラルボニー代表の松田崇弥とストラテジックプランナー西野彩紀
社員の一人、ストラテジックプランナーの西野彩紀は、「障害者」という言葉について調べた。19世紀には重度の知的障害者を「白痴」と呼び、20世紀には「精神薄弱」や「精神遅滞」と呼ばれた時期があり、20世紀後半になってようやく「知的障害」という言葉が生まれたことを知った。そして西野はこう感じた。
「必ずしも障害者という言葉自体が悪いとは思っていません。その障害者という言葉に対して、どんなイメージを持っているか。そこが大事だと思います。このキャンペーンをきっかけに、新しい時代に向けて多くの人が考えたり、議論したりすることができれば良いなと思いました」
最終的に松田代表は「投資家も入っておらず、小さな規模の組織だからこそできることもある」と決断した。「政権批判やバッシングではなく、純粋に議論を巻き起こしたいなと思います」と思いを語る。