経済・社会

2020.02.06 06:30

日本vs中国、外交戦を左右する恐るべきキーワード


一方、日本側にも不安がないわけではない。2018年10月の安倍首相訪中もそうだったが、最近の日中外交は首相官邸主導で進められてきた。複数の政府関係者・専門家は今井尚哉首相秘書官らが推進者だったと証言する。

関係者の1人は首相官邸が日中関係改善に乗り出した背景について「アベノミクスの成功には日中関係改善は欠かせない。安倍政権にとって他にめぼしい外交成果もなかったからだ」と説明する。これに対し、外務省は、中国の通信機器大手、ファーウェイを巡る米中の衝突や、中国が唱える「一帯一路」と日米が主導する「インド太平洋」の両構想の摩擦もあって、日中接近には慎重な姿勢だった。結局、安倍訪中時の日中合意について、外務省当局は交渉から外された。

2018年10月の安倍訪中は、米中衝突で苦しんでいた当時の中国に歓迎され、一応の成功を収めた。しかし、政治的成果にこだわりすぎて、「新時代」の表現などで安易に妥協すると中国に足元をすくわれかねない。合意後に、中国から「日本は、我々を大国と認めたのだから、もう対等な関係ではない」と言い出すかもしれない。実際、王毅中国外相は過去、何度か「中国は2010年にGDPで日本を抜いた。日本政府も民間もこの事実をもっとよく認識してほしい」と繰り返してきた。

これからの日中関係は上述した諸懸案に加え、今後は米国が昨年決めた、ロシアとの間で締結していた中距離核戦力(INF)全廃条約からの離脱を受けた問題が浮上してくる。

米国は今後、数年間のうちに中距離ミサイルを東アジアに展開したい考えで、中国の中距離弾道ミサイルを中心とした軍事力増強の抑止を狙うだろう。これに対し、中国はすでに様々な場面で米国の動きを強く牽制している。昨年も8月、11月に行った日中外相会談や、12月の日中韓首脳会談の席などで、何度も米国の動きに同調しないよう、日本や韓国に警告している。

日本の中国専門家の1人は、「うまく交渉すれば、新時代という言葉を取引材料に良い買い物ができる」と提言する。その一例として、18年10月の安倍訪中で合意した、中国企業と外国企業が第3国で経済協力を行う「第3国市場協力」を挙げる。日本は「一帯一路」を、中国は「インド太平洋」の各構想をそれぞれ認めたくないなか、捻り出された表現だ。

こうした言葉をうまく使うとともに、台湾や歴史問題など中国に政治利用される可能性がある文言は徹底的に省いていく。中国が「新時代」を政治的に利用しないよう、「日中の平等な関係は維持されている」と記者会見や国会答弁で繰り返す必要もある。先の専門家は「結果として、新時代も08年に合意した戦略的互恵関係も大した違いがない、という認識を植え付けることができれば成功だろう」と語る。

ただ、こうした外交戦も、新型コロナウイルスによって「水入り」となる可能性もある。習近平氏の国賓訪問には必ず、宮中晩餐会など天皇陛下との日程が組み込まれる。天皇陛下の日程を考えれば、遅くとも2月中旬くらいには日程を確定する必要があるとみられるが、習氏がウイルス問題で国外に出られないという判断を下すかもしれない。そうなれば、習氏の訪問は夏の東京五輪以降に延期されるかもしれない。

世間の耳目が集中するなか、日中の本当の外交戦はこれから始まる。

文=牧野愛博

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