新・パリのビストロ手帖

ソースがポイントのステック・フリット定食

「パリのステック・フリット図鑑をつくりたい」そんな思いをもうかれこれ20年くらい抱えている。ステックはステーキ、フリットはポテトフライ。もともとは、学生時代、1996年あたりだったと思うが、当時の日本版「マリ・クレール」に掲載された「ステック・フリット図鑑」と題したページを見たのがきっかけだ。

エッセイストの玉村豊男さんによる見開き2ページの記事には、サンジェルマン・デ・プレ地区の5軒の店で食べ比べたステック・フリットが紹介されていた。そのページがなんとも楽しげで、おいしそうで、それからずっと「いつかあんなページをつくりたい」と憧れを抱いてきたのだ。

図鑑は、いまだに実現していないわけだが、その思いがある時ぐわっと再燃することがあって、そうすると、ステック・フリットを食べ歩くことになる。その「熱」は、数年おきにやってくる。

パリのビストロでは定番中の定番と言えるステック・フリットも、時代とともに傾向があり、だからその都度、私は、図鑑作成のために、訪れるべき店のリストをつくり直すことになる。

芳醇な蒸留酒のようなダンディな大人の味


そのステック・フリット熱の初期、いつもリストに挙げていた1軒に「ラ・ブルス・エ・ラ・ヴィ」があった。店名にある「ブルス(Bourse)」は「証券取引所」の意味で、店はパリ旧証券取引所とAFP通信社から徒歩1分ほどの場所に位置し、地元紙が発表するパリのステック・フリットのランキングでは常に上位に名を連ねていた。

幾度となく前を通りながらも、間口が狭く、奥にネオンの灯る、洗練された内装ではないからこそ逆に敷居の高さを感じたその店に、20代の私は、勇気がなくて入れなかった。昼のみの営業で、当時は近くに新聞社もあり、客層はビジネスマンと思しき男性の割合が高かった。

そうこうしているうちに、骨付きリブロースステーキをスペシャリテと掲げた店が流行ったり、肉に特化した新たなビストロが出現し始めたりして、新しい店ばかりを訪れていたら、ラ・ブルス・エ・ラ・ヴィは閉店してしまった。結局、定評のあったステック・フリットを私は食べず仕舞いとなっていたのだ。

装いを新たに、ラ・ブルス・エ・ラ・ヴィが再生したのは、2015年のことだ。新たなオーナーとなったのは、予約必須の人気レストラン「スプリング」を経営していたアメリカ人シェフのダニエル・ローズだった。

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新しいオーナーのダニエル・ローズ

文・写真=川村明子

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