新・パリのビストロ手帖

Le Rubis(ル・リュビ)

憧れを抱くことのひとつに、バーカウンターでの立ち飲みがある。けっしておしゃれな店ではなく、蛍光灯が照らす店内にはテーブル席もあるのに、そこには誰も座っておらず、客は全員立ったままカフェかワインを飲んでいたりする、その光景に憧れる。

そんな店ではカウンターにいる客は、男性に限られる場合が多い。たまに女性が1人でやってくると、決まって常連客だったりするけれど、私がこれまでに見てきた印象では、そのほとんどは口数が少ない。

ただ、どうも私は、自分がカウンターの前に立つことよりも、その光景を少しだけ距離を置いたところから眺めるほうが好きなのだと思う。自分はテーブル席に腰掛けて、店主を中心にたまに上がる笑い声や、店全体のざわめきを感じながら、食事をすることが心地良い。

カウンターへの憧れが募る店

そんな店に漂う空気ごと楽しみに出かける店が、Le Rubis(ル・リュビ)だ。ランドマーク的存在だったセレクトショップ「コレット」のあった場所と、マルシェ・サン・トノレ広場の間に位置するこの店は、1946年から存続する老舗。外にはワインの樽がテーブル代わりに置かれ、グラスを手にくつろいだ様子の人たちをよく見かける。

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雨の日でも外に置かれたままの樽が目印

初めて訪れたのは、13、4年前。日本から来た友人が、そのまた友人から勧められたというので、ランチに出かけた。私はお酒に弱いのだが、当時はいまよりもずっと飲めなくて、ワインを水代わりに飲んでいるような人だらけの店に行くことにためらいがあった。それで、とても気になる存在でも、ル・リュビのような店には、あまり出かけることはなかった。

その時は、2階の席に通された。狭い階段を上がると、左手が厨房で、その奥にある部屋はそれほど広くなく、天井も低めだった。年配の女性がサービスをしてくれて、パテ・ド・カンパーニュを食べた記憶はあるけれど、それ以外は何を食べたのかはっきり覚えていない。

飾りっ気のない盛り付けと、それに見合った素朴な部屋に、少し緊張した。媚びのかけらもないその店全体を「いいなあ」と味わうには、私は未熟過ぎたのだろう。

それから何回かランチに行ってみたが、通されたのは毎度2階だった。1階と2階ではまるで雰囲気が違って、1階は常連客で占められているように見えた。

だけれど、どことなく気だるさの漂う、誰かしらが立ち飲みをしているそのカウンターへの憧れは薄れず、その後、午後のひと気のない時間帯に訪れた。カウンターの前に立つ勇気はないから、テーブル席についてカフェを飲みつつカウンターを眺める。でも、自分の内にいつも妙な高揚感があって肩に力が入り、居心地よく感じられたことは一度もなかった。

文・写真=川村明子

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