店構えにも内装にも以前の面影はなかったが、ダニエルは、メニューのなかでは、かつての名店へのオマージュを捧げていた。「Déjeuner à la Bourse(ブルスでの昼食)」と銘打った、ステック・フリット定食だ。
定食のメインとなるステーキは4種。まずは基本のステーキとしてコショウ風味のソースがけ、次にタルタルステーキ、オリーヴオイルとレモンを合わせたイタリア風と、季節野菜とアンチョビ風味のドレッシングのプロヴァンス風が並ぶ。
ラ・ブルス・エ・ラ・ヴィのメニュー
肉の焼き汁にクリームとたっぷりのコショウを加えたソースは、私の大好物だ。ソースを堪能するには、フリットの美味しさも大きなポイントとなる。
この定食には、小さなポーションの前菜とデザートもつき、ステーキにはフリットとグリーンサラダがつけ合わされる。葉野菜はサラダ菜で、ドレッシングからは僅かにアンチョビが香る。
組み合わせとしては至極クラシックながら、新生ラ・ブルス・エ・ラ・ヴィのコショウソースがけステーキは、他のどの店でも食べたことのないものだった。肉はある程度の熟成を感じる味を放ち、ソースは一般的なレシピよりもコニャックがたっぷり加えられているだろうと察せられた。その2つが口の中で融合すると、まるで芳醇な蒸留酒のような、体験したことのないダンディな大人の味になるのだ。
フリットが太めなのもまたいい。普段なら、ここのものよりもう少し細めのほうが私の好みだが、この店のソースと合わせるには、太めのほうが具合はいい。
太めのフリット
ボリュームは、フランスのスタンダードなステック・フリットよりも控えめに見えるのに、満腹感はかなりのものだ。深みのある味が食欲中枢を刺激するのだと思う。
ひと口サイズで出てくるデザートには、レモンとタイムのシャーベットを選んだ。ビターチョコのかけらを上に散らし、オリーブオイルをかけたシャーベットは、ステーキとはまた異なる大人っぽさで、爽快だ。
レモンとタイムのシャーベット
食べた後はシガーが合いそう
客席があるフロアは1820年の建築で、店の奥にある厨房の梁は17世紀のものと、歳月を重ねた魅力を保ちつつも、モダンな空気を感じる店内は、ステーキと同じように、パリで他に同じ雰囲気を有する店が思い浮かばない。
行くたびに、「でもこの雰囲気、どこかで味わっている気がするのだけれど、どこだろう?」と自問する。イタリアのどこかのトラットリアか、それともロンドンのあの店か、何かが通ずるものがあるような気がして考えていた。