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会社員、イタリア家庭料理の道をゆく

カルロ、マリアと息子

イタリアに着いて最初の朝、エスプレッソの香りで目が覚めることはあっても、肉汁の匂いで起きることはそうそうない。

「チェ・イル・ソーレ! チェ・イル・ソーレ! うちに太陽がやってきた〜」

雄叫びのような歌声と、なぜか小さなスプーンをふりまわし、マリアが寝室に入ってきた。生後10カ月の息子と昨夜遅くにこの家にたどり着き、精も魂も尽き果ててベッドに直行したものの、風邪を引きずったままの息子のモンドはずっと不機嫌。授乳でごまかしながら朝を迎えたのだが、マリアの様子がまるでツボに入ったかのようにケタケタと笑い始めた。

「モンドの声が聞こえたから、もう起きたのねと思って。2人ともよく眠れたかしら? さあ、コラツィオーネ(朝食)にしましょう。エスプレッソ入れたわよ」

いやいや、こりゃエスプレッソのにおいじゃない。

「モンドのパッパ(離乳食)もできているわよ。チェ・イル・ソーレ! キミはわが家の太陽よ!」

マリアはこんな明るいキャラだったろうか? 嵐のように侵入してきたかと思えば、わが息子にスプーンを握らせキッチンへと抱き去っていく。いったいどんな離乳食をつくっているのだろう。

息子には贅沢な子ウサギのブロード

誰にも咎められずに何回でもイタリアに行くことができる唯一無二のチャンスとばかりに、育児休暇中に2度目の子連れイタリア旅行を敢行したのは16年前の秋のこと。今回は生後10カ月の息子との2人旅だ。

会社への再出社の前日まで、めいっぱい費やすという無謀な日程で、ここボローニャへとやってきたいちばんの目的は、毎年この町でお世話になってきたイタリアの知り合いの人たちへの挨拶回りだ。生まれたばかりの赤ん坊を連れ、おまけに夫の手もない旅は、さすがに料理修行など無理に決まっていると覚悟していた。

しかし、こう朝っぱらから、いいにおいを嗅がされると、やっぱりいてもたってもいられない。なんたってイタリア料理の恩師の家に泊まっているのだ。彼女が普段着のマンマとしてつくる料理を習いたい、そんな下心が微塵もないといったら嘘になる。

ボローニャの典型的な古いアパートの4階にあるマリアの家は、キッチンも、料理の先生の華やかなイメージとは程遠く、大人3人立てばいっぱいになってしまうほど小さいけれど、やさしい陽だまりに満ちていて、日本からの地獄の道中から解放された安堵感を、あらためて噛みしめる。

気になるガス台へと目をやると、確かに蒸気の吹き出るエスプレッソマシンがあることはあるが、残りの3つのコンロはすべて大きな鍋でふさがっている。そのうちの1つの蓋をとって、マリアは抱きかかえた息子に中身を見せてやっている。

「さあ、これはあなた専用のお鍋。子ウサギでだしをとった栄養満点のブロード(ブイヨン)よ!」

離乳食
離乳食

なんと贅沢な! イタリアでは生まれてからいちばん最初に食べさせる肉は、高タンパク低脂肪低カロリーのウサギと決まっているけれど、だし汁までもウサギで取るなんて。

文=山中律子

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