「リツコ、料理より大事なのは、子供よ」がマリアの口癖で、息子の目覚めとともに1日が始まり、犬の散歩も、買い物も、息子の昼寝や授乳の合間を縫って出かける。食事は必ず「子供が先、大人は後」で、全員で息子が食べ終わるのを見届けてから、ようやく大人たちがフォークを手に取るというほど徹底している。
長らく赤ちゃんを迎え入れていない家には、ひとつの玩具もない。生後10カ月という、いちばん目の離せない時期の乳幼児に不可欠なベビーゲートも、くくりつけておく椅子もないけれど、その不便さをまったく感じないのはなぜなのだろう。
バスタブのないシャワールームでの沐浴は、マリアが用意した洗濯用のタライにお湯を溜めながらの2人掛かりだが、当の息子は「ちっちゃい湯船」に大喜びしている。
「ちっちゃい湯船」に大喜びしている息子とカルロ
料理の間はキッチンのテーブルの上に座らせておくと、息子はスーパーのチラシをビリビリ破いて散らかし放題。毎回泣きわめきながら風邪薬を飲む時のエスプレッソ用の小さなスプーンは、美味しいパッパを食べる時のスプーンでもあり、マリアと電話ごっこで遊ぶ時の受話器でもあり、「さあ、もっと元気よく叩いて! そうその調子!」と食卓をガンガン叩かせる時のバチでもある。
マリアがパスタを打ち終わった後の麺棒は、チラシを丸めたボールを打つための野球バットにもなり、ある時は「えい、えい、ああ、やられた〜」とマリアと戦う時の「ローマ兵の劔」になる。
テーブルの上が飽きたら、マリアに廊下に連れて行かれ、先代のおじいちゃんお手製の、壁沿いの棚の引き出しにつかまり立ちをさせて、「コラッジョ(ファイト)! さあ、もう1段高いところをつかんでご覧なさい」と、息子専用のトレーニングジムと化す。マリアは、あえて好き放題やらせては、「なんて好奇心旺盛でインテリジェントなの!」と褒め称え、とことん戯れ続けるのだ。
その一方で、マリアは料理にもけっして手を抜かず、毎日、毎食、手の込んだパスタや肉、ドルチェまで本格的な料理の数々が出てくるのだからすごい。
だからこそ、その料理のつくり方をキッチンで最初から最後まで見届けたいのだけど、息子はご機嫌ならご機嫌で目が離せないし、寝たら寝たで寝室に放置できるかといえばそうではなく、コロコロと寝返りを打って高さのあるベッドから大理石の床に落ちる可能性もある。ぐすん、ぐすんと鳴き始めた声が聞こえたら目が覚めた合図で、起き上がったときがいちばん危ないのですぐに駆けつけないといけない。
そういう意味では、私の立場から言えば、唯一不便に感じることといえばベビーベッドがないことだけど、これとて、子供自身のために必ずしも必要なことではない。
次回(1/19配信)に続く