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2020.01.09

元ヤフー社長が描く「東京都ICT/ミラーワールド化」構想|トップリーダー X 芥川賞作家対談 第1回(後編)

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上田:だからこそ「街」と「アート」が合わさって、クールなものができれば、都市間競争でも勝てそうですよね。たとえば下北沢とかはあんな節操のない街並みなのに、なぜかかっこいい。

便利競争だと中国には勝てない気がしますし、便利や安いばかりを追及して、楽しいとか美しいとかを価値として大事にしないと、面白くない街になってしまう。

「予測」だけではなく「わさわさと」

上田:先ほどの「予測」の話にもなりますが、予測が進歩していくというか、「何でもわかってしまう」のは味気ないというか、置いて行かれるような気持ちにもなる。だからこそ、わさわさと、何が起こるかわからないというものを創っていくことをこそ、芸術家はやるべきなんだと思いますし、僕は、そこに関しては思いを込めて作品を書いてますね。

宮坂:ええ。便利の果てには「幸せ」はないと思うんですよね。高度経済成長期の末期に生まれて、エアコンや固定電話が初めて家に来た日を覚えている私には、「便利なものが増えたら幸せになれる」という感覚が残っていますが、そろそろ「便利の先の幸福」にも限界に来ている。これから先の「便利競争」は、どこまでいっても空疎な気がしますね。

速いインターネットもうれしいけど、本当にうれしいのは、実は、めちゃうまいラーメンだったりすると思うんですよ。今の日本には、両方が存在しているのかもしれないですね。

僕は趣味で山登りしているおかげか、そっち系の友達がとても多いです。山は、「便利に行こうぜ」とはほど遠い、逆に不便なところに行こうぜという世界ですが。

上田:はい、まあ今は、IT系の人にも「めちゃうまいラーメン」派が増えていますけれど。

宮坂:そうですね。いずれにせよ、物理世界で遊ぶ友達は、本当にかけがえのない友達です。そういう意味では、さっきの「副業」の話ではないですが、僕は、「ビジネス大陸」と「公務員大陸」、そして「便利でいこうぜの世界の友達」と「不便を楽しもうぜという山の世界の友達」、そんな複数の人間関係があってよかったなと思います。

そして、違う「大陸」に行こうとすると、いつでも初動のパワーが必要で、しんどい。だからこそ、その一歩を踏み出すきっかけとしても、読書は有効だと思います。活字を通した異世界の体験が、実際の異大陸へと歩みを進める初動を起こさせるエネルギーになることもありますから。

上田:「自己啓発本しか読まない」とかではなく、「1トン」の中にはいろいろな本を混ぜていってほしいですね。

宮坂:それは同感ですね。とくに、重版を重ねていたり、何年、何十年も読まれ続けているロングセラーを読むほうが、今の瞬間、売れてるベストセラーを読むだけよりもいい気がしますね。長年経っても絶版にならない、「長寿」な本は、時の試験を受けて合格したわけですから。


対談後記・上田岳弘

第1回は、前Yahoo! JAPAN社長、現在東京都副知事の宮坂学さんにご登場願いました。Yahoo! JAPAN任期中には「キュープロジェクト」だけではなく、本屋大賞とのコラボ(ノンフィクション本対象)を実現するなど、本や文学にまつわる施策を打たれました。

IT畑を歩まれてきたと聞くと、効率を最重視する冷血漢を想像するけれど、とても気さくで飾らない方。対談中、何度も「都市間競争」という言葉が出てきました。発展の極限にあるように見える「東京」もまだまだ改善の余地があると感じ、単に効率だけを追求しない、世界に類を見ない未来の「東京」像に期待が膨らみました。

構成・文=石井節子 写真=帆足宗洋 サムネイルデザイン=高田尚弥

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