果たして、やはり違った。鱈と潰したジャガイモは軽やかで、ニンニクの匂いはしなかった。ひと匙分かけられたグリーンのソースは、セロリの香りが爽やかで、かつ食欲を刺激した。
上にかかったグリーンソースが決め手だったブランダード
あとで聞いてみると、ブランダードには、サンドイッチの具として使うハドック(燻製のタラ)の残りも混ぜる。だから、ほんのり燻製香が加わり、さらに緑のソースはオリーヴオイルではなく、ピーナッツオイルでつくっている。レモンの皮のすりおろしも、さっぱり仕上げる裏方として力を発揮していたようだ。気になっていたニンニクは、デルフィーヌが好きではないため、この店にはニンニク自体を置いていないのだそうだ。
また、別の日に食べた牛ほほ肉の煮込みも、定番の赤ワイン煮ではなく、野菜のブイヨンで煮込んだ軽やかなものだった。肉の下には、根セロリを細かく刻んでコリアンダーと生姜をたっぷり合わせたタブレ風サラダが敷いてあり、サラサラと食べられるひと皿に仕上げられていた。ブイヨンは添えられていなかったものの、野菜の風味を吸い込んだ肉の味は、ポトフを食べているようで、すっかり身体が落ち着いた。
毎回、新たな味の発見が
1品しかないというのは、時に、得意ではない食材でも背中を押す。すでに、気持ちごとストンと感じるおいしい料理をいつでも食べさせてくれると信頼していた私は、普段なら自分から食べることはないウサギ肉の煮込みも、ここならば食べてみようと思った。
私はそれまでマスタードソースを合わせたものしか食べたことがなかったのだが、この店では、トマト、玉ねぎ、セロリ、それにフェンネルシードと煮込んだ、優しい味の料理だった。メニューを見ていなければ、間違いなく鶏肉と思っただろう。味付けは食べやすさ満載だけれど、しっかりお腹はいっぱいになる。
あっさりと仕上げられたウサギ肉の料理
これらの日替わり料理は、余ると、翌日サンドイッチの具として使われる。ウサギ肉なら骨から簡単に手で外れるくらい柔らかく煮込んであるから、それをほぐして野菜などと和え、バゲットサンドイッチになるのだ。
その時にあるもので少しずつアレンジし、できる限り素材全部を使い切る。時折登場するアッシ・パルマンチエと、サンドイッチの具として人気の鶏のフライに使うパン粉は、余ったバゲットを挽いたものだ。だからとびきり香ばしい。ブランダードのグリーンソースも、セロリの茎と葉を両方使っていたり、根セロリのタブレ風サラダは合わせるハーブがコリアンダーのこともあればパセリの日もあったりする。
そんな風につくられた料理には、他では味わうことのない、ちょっとしたタッチがあって、毎回何かしらの新たな味の発見をする。おまけに、ビストロならば一皿の前菜として成り立つ、ビーツとフランボワーズのマリネや、マッシュルームとエストラゴンのクリーム和え、タコとフェンネルのサラダ、仔牛タンのヴィネグレットソースなどが常に10種類も顔を揃える。葉野菜の使われていないこれらのサラダだけを3〜4種類取ってランチにすることも私のお気に入りだ。
ウサギ肉を食べた日には、自家製のトリュフバターがショーケースにお目見えし、3人に1人が「これ、トリュフバター?」と聞いて、ハムと合わせたサンドイッチを注文していた。
今シーズン初のトリュフバター(写真中央奥)はサンドイッチに
随所に工夫の施された料理をカウンターで気軽に食べられる、昼しか営業しないこの店に、オーセンティックなビストロのエスプリを私は感じる。以前、人気の自然派ワインビストロでシェフとして腕をふるっていたデルフィーヌは、自分のビストロを持つのが夢だと言う。私は、今から、その実現が楽しみでならない。
連載:新・パリのビストロ手帖
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