その日も、「異言語脱出ゲーム」というゲームが渋谷で開催されていたが、他のゲームとは少し趣向が変わっていた。
50人ほどの参加者が会場に揃ったことを確認すると、二人の司会者が、一人は音声で、もう一人は手話でゲームの開始を知らせた。参加者がチームごとに制限時間内に謎を解いてゴールを目指すのは、他の謎解きゲームと同様だ。大きく異なるのは、そこで使用される「言語」だ。
「異言語脱出ゲーム」は、ろう者・難聴者、聴者が同じチームになるため、手話、ジェスチャー、筆談、口の動き、表情等でコミュニケーションを取り合ってゴールを目指すのだ。
「分かり合えない」ストレスはどう解消できるか
このゲームを企画、提供する「一般社団法人異言語Lab.」代表理事の菊永ふみは、福祉型障害児入所施設(主たる対象は聴覚障がい)の児童指導員として働いていた。
ろうである彼女は、施設に暮らす3歳から18歳までの、ろうの子どもたちの食事や洗濯、彼らが通う学校とのやりとりなど、毎日の生活に関わる全てのことを担当していた。また、ある大手証券会社がCSR活動の一環として毎年実施していた、その施設の子ども達との社員の「手話交流会」を企画することも菊永の役割だった。
交流会に参加する社員たちにとっては、ろうである子どもたちが決して遠い存在ではないことを知る機会に、また、ろうの子どもたちには聴者の世界を知るいい機会になっていると思っていた。
しかし、交流会で毎年目にする光景が、菊永にもどかしい思いを抱かせていた。
交流会では、子ども達が手話を自信をもって生き生きと教え、聴者の社員もろうの子ども達の顔や手の動きを見ながら必死に学び、覚えたら笑顔でハイタッチするなど、両者のコミュニケーションはスムーズにできているように見えていた。
しかし、いざランチタイムになると、ろう者はろう者同士で、聴者は聴者同士で固まってしまっていたのだ。
「もちろん、同じ言語を持つ仲間同士で集まるのは、自然なことだと理解しています。ただ、せっかくの手話交流会なので、言語が異なる者同士がもっと向き合って伝え合い、分かり合おうとすることがあってもいいのにと感じていました」