手話の強みは、ろうの世界にいる人が一番理解している。そして、手話の魅力をを最大限に引き出せるのもまたその住人であることを、牧原は実体験からよく理解していた。
牧原の言葉を受けて、菊永はその場にいたメンバーと共に、異なる言語を持つ者同士が向き合う面白さを体感できるよう、「異言語脱出ゲーム」を世の中に広める覚悟を決めた。
そこからの展開は早かった。
2018年が明けてすぐに、パナソニック、ロフトワーク、カフェカンパニーが共同で主催するアクセラレーションプログラム「GARAGE Program」に応募すると、「異言語脱出ゲーム」が示すコミュニケーションの可能性を認められ、すぐに採択された。
そして同年4月には一般社団法人「一般社団法人異言語Lab.」を立ち上げた。
それからわずか5カ月で実現させたのが、冒頭で紹介した異言語脱出ゲーム「5ミリの恋物語」だった。
2日間で6回の公演を開催、いずれも満員になるという大盛況を記録。子どもたちが聴者に手話を教えるだけのプログラムでは、菊永が見ることがなかった光景を、渋谷での開催時には目にすることができたという。
「同じチームになるまで、なんの接点のなかった参加者同士が、一緒に夕飯を食べて帰るまで仲良くなっていました。ろう者が聴者に手話を教える一方的なコミュニケーションから、そこまで親密な関係が生まれたことは、それまで一度も見たことがありませんでした」
聴者とろう者・難聴者が、言語の違いを超えて一つの課題に取り組むことで、「伝わらないことが伝わった」「分からないことが分かった」という感覚を明確に得ることができる。
同じ言語を使う者同士でも、伝えているつもりが伝わっていなかったり、分かったふりをしていた自分に気づいたりした、と参加者は感想を口にするのだという。
菊永は2019年から、9年間勤めた福祉型障害児入所施設の児童指導員を非常勤にして、異言語Lab.での仕事を本業とし、異なる言語を持つ者同士が向き合う面白さを発信すべく、コンテンツの開発を続けている。
「言語や文化が違う者同士が向き合い、協力し合うことで、ろう者、聴者がそれぞれ持つ強みを知ることができます。互いを理解しようとすることから、コミュニケーションの可能性が広がると信じています。異言語脱出ゲームをさらに広げて、多様な人がもつそれぞれの違いを楽しむ社会を共に創る一員になることができれば思っています」