主人公のジャック(ヒメーシュ・パテル)には、無名ながらも、幼なじみのエリー(リリー・ジェームズ)がマネージャー役を買って出ていて、彼を野外フェスにブッキングしたり、コンサート会場へと送り迎えしたり、何かと世話を焼いている。
ジャックが自信を失い、ミュージシャンの道を諦めようとすると、エリーは良き理解者となって彼を励ます。実は、彼女は昔からジャックに好意を抱いていたのだが、彼はそのことに気づかず、エリーはいまだに「マネージャー枠」にとどまったままなのだ。やがて、ジャックがビートルズの曲を歌い、世間に認められるようになると、2人の関係に変化が訪れ、すれ違いの恋愛ドラマが展開されていくことになる。
(c)Universal Pictures
ということで、この映画は、ビートルズの名曲をふんだんに使って描かれた究極のラブコメとも呼べる作品なのだ。いや、むしろビートルズの名曲を使って究極のラブコメを描くために、世界からビートルズを消してしまうという奇手に出たという印象さえ受ける。
水と油の監督と脚本家
監督は「トレインスポッティング」や「スラムドッグ$ミリオネア」のダニー・ボイル、脚本を担当したのは「フォー・ウェディング」や「ノッティングヒルの恋人」のリチャード・カーティス。2人とも製作にも名を連ねているが、最初、この組み合わせを聞いたとき、やや耳を疑った。つくってきた作品の方向性がまるで違っていたからだ。
かたやボイルはリアリスティックな苦い現実を描く監督、かたやカーティスはロマンチックなラブコメを紡ぎ出す脚本家、同じ時代に頭角を現した映画作家ではあるが、いわば水と油の存在だと思っていた。その2人のコラボレーションだったのだ。
「ぼくの『フォー・ウェディング』は、いわば『トレインスポッティング』のアンチだから、断られると思っていた」と最初にボイルに監督を持ちかけたカーティスは話す。一方、ボイルは「脚本を一気に読んで、すぐにOKの返事を出した」と語り、カーティスを「独創的な天才」と絶賛したという。
実際、作品の絶妙な設定は、カーティスのオリジナルではないらしいが(あるプロデューサーが彼にアイデアを持ちかけた)、それを見事な脚本にしたのは長年のビートルズのファンであるカーティスで、それにボイルが呼応したことになる。
ボイルはカーティスに脚本の4分の1を書き直すように依頼。そして、主人公にコメディ俳優のヒメーシュ・パテルを起用し、劇中に流れるビートルズの曲の大半を彼に歌わせ、再録音した。これが単なる劇中に流れる挿入曲という枠を超えて、ストーリーと密接に結びつく素晴らしい楽曲使用につながった。
(c)Universal Pictures
個人的には「アイ・ソウ・ハー・スタンディング・ゼア」と「ヘルプ!」が歌われるシーンに感銘を受けたが、パテルの歌唱は彼独自のパワーを秘めており、なかなかに素晴らしい。また、本人役でエド・シーランが出演しているのもおしゃれでスパイスが効いている。彼の演技もなかなか役にハマっていた。
とはいえ、やはりこの作品は、ダニー・ボイルのものというより、リチャード・カーティスのものという色彩が強いかもしれない。最終的には、ビートルズの珠玉の名曲を惜しみなく配した壮大なラブコメとなっているからだ(ロンドン郊外のウェンブリー・スタジアムで繰り広げられるクライマックスシーンは圧巻)。
映画の終盤には、ちょっと予想していなかった展開もあり、ビートルズの楽曲に対するリスペクトも美しいかたちで込められている。そして、実は、この映画のなかで、世界から消えるのはビートルズだけではない。それは、観てのお楽しみということで。
連載 : シネマ未来鏡
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