曽根が感じた西野の第一印象は「ずいぶん大きな声で話す人だな」。未来志向で、暗い話をせず、話には適度にオチを付ける。そんな今まで会ったことのないタイプの「大人」だった。
聞けば、当時の西野は、NTTX(現在のNTTレゾナント)に勤務し、ニューヨーク大学にMBA留学して戻ってきたばかり。そしてちらりと、「アマゾンの日本上陸に関わっている」といった話を聞いた。
アマゾン ・ドット・コムは、黎明期のインターネットユーザーのユーザーの間ではすでに有名で、曽根もちょうどその年の5月28日、アマゾン ・ドット・コムから『Appledesign : The Work of the Apple Industrial Design Group』という洋書を購入し、その使いやすいインターフェイスから強い印象を受けたばかりだった。
曽根がアマゾン ・コムから初めて購入した履歴のページ
そして数カ月後。この時の集まりで、当時世界で人気だったメッセンジャーアプリ「ICQ」のIDを交換した西野から、曽根にメッセージが届いた。
「『最近、調子どう?』。そんな感じのメッセージだったと思います。話しているうちに『新宿の仮オフィスに来ないかい』ということになって、遊びに行きました。もちろん、アマゾンのことを聞きたいと思ったからです」
そうして、窓のない6畳一間にパソコンと机だけが置かれた新宿の仮オフィスを訪ねた帰り道、曽根は、かつて世界を席巻したウェブブラウザを作ったあのネットスケープ社の創業物語『インターネット激動の1000日』という本のことを思い出していた。
この本が扱うのは、当時一斉を風靡していたブラウザ「ネットスケープ」立ち上げまでの物語で、米国の業務用コンピューターメーカー「シリコングラフィックス」創始者ジム・クラークが、イリノイ大学の大学生だったマーク・アンドリーセンに一通のメールを書くところから始まる。そして、当時としてはエポックメーキングだった「画像を表示するブラウザ」開発のドラマと、ネットスケープ社立ち上げまでが描かれている。
とはいえ、新宿からの帰り道に曽根の想念を占めていたのは、その感動的なスタートアップストーリーではなかった。繰り返し頭に浮かび脳裏に貼りついたのは、この本に登場する「休暇で旅行に行っていたばかりにネットスケープの参画に立ち会えなかった(運の悪い)イリノイ大生」のことだった。俺も今動かないと、大変なものを目撃しそびれるかもしれない……。
松山大河の「DENメッセージ」で読んだ、モルガン財閥の創始者、J.P.モルガンのこんな言葉もよぎる。
「どこかに辿り着きたいならば、今いるところに留まらないことを決心しなければならない」。ちなみにこの言葉は数年後、西野の好きな言葉のひとつでもあることがわかった。
「一緒に働きたいです。インターネットの仕事も興味があります。何か手伝うことあったら言ってください」。仮オフィス訪問の直後、西野にそう伝えた曽根にアマゾンからオファーレターがFAXで送られ、4人目の社員としてアマゾン ジャパンに迎え入れられたのは、1999年の秋のことだった。